ソフトクリームを食べ終わって数分後には、お互いを下の名前で呼び合うほどになっていた。
「透。お土産は誰に買っていく?」
未央(みお)は陳列されているお土産を眺めながら聞いた。
「う~ん。とりあえず、妹に何か可愛いものが欲しいかな。あと、今回来られなかった友人に適当なものを」
私は榊を思い出しながら、言った。
(アイツは食べ物であれば、何でもいい気がする)
近くにあった煎餅やクッキーを手に取った。
「未央は?」
「私は家族と…」
そこで少し黙った彼女を見て、私はピンと来た。
「もしかして、彼氏?」
未央は顔を上げ、真顔のまま首を振った。
「彼氏じゃない。ただ、何かと付きまとってくる奴」
「でも、嫌ではないんだ?」
私は未央に近づき、にやりと笑った。
まだ出会って数時間しか経っていないが、何となく未央のことが分かって来た。感情が表に出ない顔つきからして、人を遠ざけそうな印象なのに、実は心の中では一生懸命何かを考えている。そして、緊張したり、核心をつかれたりすると、一気に真顔になる。そして、クールな外見からは想像できないほど、可愛いもの好きのようだ。
ご当地キャラクターのぬいぐるみやら、靴下やらを抱えている未央を見つめた。
質問に答える代わりに未央は私の方を向いた。
「そういう透は?彼氏はいないの?」
「いないよ」
「どうして?そんなに可愛いのに」
今度は私が逃げ、未央が後ろからくっついてくる番だった。
「どうしてと言われましても…」
人を好きになる方法が分かりません、とは言えない。
(それに私が16歳に手を出したら犯罪でしょうよ…)
「でもま、変な奴には掴まってほしくはない」
背後で未央がぶつぶつと呟いている。
「透は可愛すぎるから」
後から聞いた話だが、可愛いもの好きの未央は、初対面から白石透の見た目が好きだったらしい。
私はどう話題を変えようかと思いを巡らせていると、聞き覚えのある声が私を呼んだ。
「あ!白石ちゃん!」
蓮見が手を振りながら、こちらへやって来た。もちろん、天城や五十嵐も後ろにいる。蓮見に連れ回されたのか、二人ともどこか疲れている気がした。
「探したよ!」
「私を?なぜ?」
「だって、榊が…」
蓮見がそう言いかけて、私の後ろにいる未央に気がついた。
「え、他校の子と知り合いだったの?」
「さきほど、友達になりまして…」
「俺、蓮見!よろしく」
出会った人は皆ともだち意識の蓮見は、無表情に戻った未央に勇敢にも手を差し出した。その手を無視するかと思われたが、未央はその蓮見の手を握った。
「霧島です」
「霧島ちゃんね!」
「透、私これ買ってくるね」
私の肩をポンポンと叩くと、未央はその場から離れた。
「セーラー服いいね~」
未央の背中を見つめる蓮見に、五十嵐が冷たく言い放った。
「セクハラ発言やめた方がいいよ。オッサンみたい」
「言い方が辛辣!」
ふと隣に来た天城が聞いた。
「どこにいた?」
「そうだよ!すごく探したんだから!」
そう言いながら蓮見は私の肩を組んだ。
(だから何故…)
「どこ観光したの?」
五十嵐が、蓮見の腕をはがしながら聞いた。
「稲荷神社に行ってそれから嵐山へ…」
「俺たちとほとんど同じルートじゃん!ニアミスだったってこと?」
蓮見が悔しそうに言った。
「心配してたけど、大丈夫そうだね」
五十嵐が私の頭に手を置いた。
「いつの間にか友達作ってるし」
(心配?なんで?)
気持ちが表情に出ていたのか、蓮見が言った。
「榊が、白石ちゃんは一人ぼっちで行動する羽目になるって言ってたからさ。せっかくの修学旅行なのに、一人は寂しいでしょ?だから、会ったら一緒に回ろうって話してたんだ」
(や、優しいじゃん…!)
私は感動しながら、三人の顔を見比べた。しかし、その後ろで真徳生ではない女子学生が何人か立っているのが目に入った。ちらちらとこちらを見ては、話かけるタイミングを見計らっている。
(でも一緒に回らなくて良かった~!)
心の中で安堵のため息を吐いていると、ふとある疑問がよぎった。
「西園寺さんは?」
団体行動でも天城の側を離れないところを見る限り、自由行動でも一緒のはずだ。しかし辺りを見渡しても、彼女の姿が見当たらない。
五十嵐が言った。
「さっきまで一緒にいたけど」
(やっぱり…)
「疲れたのか、宿の近くのカフェで休むって」
「前から思ってたけど、西園寺と知り合いなの?」
天城が私に聞いた。
「いえ、知り合いと言うか…」
私は言葉を濁すが、天城は無表情のまま私を見つめ続けている。
「お前、何か隠…」
「あら、お会計が終わったようだわ」
未央の買い物が終わった姿を認め、私は慌てて天城の言葉を遮る。
「じゃあ、私はこれで」
三人に別れを告げると、そそくさとその場を離れた。

(あぶね~。修学旅行中は何もなく過ごしたいのに私の馬鹿!)
私ははあとため息を吐いた。
(今は天城たちの前で、西園寺の話は禁止!)
自分の口をパチンと叩く。
探りを入れたい気持ちは大きいが、今事件は起こしたくはない。
お抹茶を目の前に、絶賛反省会をしている私を見ている未央は小声で聞いた。
「ねえ。さっきの三人の中に彼氏候補いないの?」
「え?」
私は顔を上げた。
「あの、一番背の高い子とか?」
「背が高い子…」
三人とも背が高いので、誰のことを言っているのか分からない。私の表情を読んだ未央が呆れながら言った。
「黒髪で、透の隣に立ってた子」
「あー。天城?」
「てんじょう君って言うんだ?」
未央は楽しそうにテーブルに肘をついた。
「特に天城に思い入れはないけど…」
私がそう言うと、未央は首を横に振った。
「今はまだね。でも、向こうは完全に透のこと気になっているよね」
「何を馬鹿なことを・・・」
私は思わず天を仰いだ。
(ここで過去の話をするのもなぁ)
白石透が嫌いすぎて、目が合えば睨みつけてきた天城をどう説明をするべきか。白石透が婚約者でいることに我慢できなくなり、いきなり婚約破棄を宣言した奴である。何をどうしたら、恋愛に発展するというのだろう。
(女子特有の解釈か?)
理解に苦しんでいる私をよそに、外の様子を見ながら未央が言った。
「ま、彼も自分の気持ちに気づいていない可能性がありそうだけど」
どこか楽しげに未央は笑った。
「未央。私、アイツに面と向かって嫌いって言われたことあるよ」
勘違いをさせたままいるのはどこか申し訳なくなり、私は口を開いた。
「それに天城には別に好きな人がいる。もちろん私じゃない人」
私も未央にならって窓の外を眺めた。この茶屋の二階席から、さきほどのお土産屋がよく見えた。三人はまだ何か話しながら、土産物を見ている。楽しそうにはしゃいでいるのは、蓮見だけだったが。
「そうなの?」
驚いた表情で未央がこちらを向いた。
「いや、でも私の勘は間違っていないはず」
「何その自信」
私は苦笑しながら、お団子を頬張った。
「これに関しては外れだね」
おかしいと首をかしげている未央の小さな呟きは、私の耳には届かなかった。
「…完全にあの目は恋してる目だったけど」