修学旅行の日がやって来た。まるで私の気持ちを反映したような晴れ晴れとした秋の空の今日。私たちは、京都へと旅立った。
「うお…。本当に金だ」
私は目の前にそびえ立つ黄金の建物を見ながら思わず感嘆の声をもらしていた。
「写真のまま…」
夢中になって、太陽光で更に輝きと存在感が増した金閣寺の写真を撮っていた。
中学、高校と修学旅行はあったものの、お金がない田舎育ちたちは遠くまで行く余裕がなかった。その為、隣の山を越えた場所にある施設に泊まりに行くのが、私たちの修学旅行だった。大学時代、都会の子たちは修学旅行で京都やディズニーランドへ行ったと聞いた時には耳を疑った。そして、私立高校だったクラスメートは海外へ行ったと聞いた時は、開いた口が塞がらなかった。
ふと、横に目をやると、2-Aの生徒たちが集まっているのが見えた。その中には、ひと際騒がしい蓮見と一緒にいる天城や五十嵐がいた。そして天城の横には西園寺が立っていた。旅行浮かれしているのか分からないが、クールな西園寺ではなく終始頬が緩んでいる乙女の顔だった。
(西園寺が参加するから、国内旅行になったんだっけ)
最初は全く何も考えていなかったが、よく考えてみると、お金持ちが通う高校なのに修学旅行が国内なのは不自然だ。しかし、まさに昨夜のことだった。遠足前の小学生並みに眠れない夜を過ごしている時に、思い出したことがあった。
(西園寺は海外へ行く体力はないが、どうしても修学旅行に参加したかった。だから、校長を説得したか、親の力を使ったかで目的地を京都にした)
無関心な天城に話かけている西園寺を見つめた。身長が高く、どちらかと言うと大人っぽい雰囲気の彼女だが、天城の近くにいると乙女モードになる。
(確かに修学旅行なら、いつもより近くに感じられるもんな)
私は後ろに控えている撮影待ちのクラスメートに場所を譲り、日陰に入った。
漫画には少しだけ、修学旅行の話が出てきた。藤堂から仲間はずれにされ、一人で京の町を歩く白石透の寂しげな姿が美しく描かれていた。ただ、一番印象に残っているのは、西園寺と天城がぐっと急接近するシーンだ。二人で、夜の町で繰り出している姿を目撃した透は、その後を追いかける。しかし、途中で見つかり、天城に強く突き放される。西園寺の前で悪態をつかれ、ショックを受けた透は、次の日から熱を出し、急きょ先生と共に帰ることになった。
(そうだ。あまりに簡単にしか描かれていなかったから、忘れてた)
腕を組みながら、私は考えた。
(とりあえず、修学旅行中は、西園寺に関わらなければいいのか?)
西園寺が修学旅行に参加していると知った妹は、常に用心してと何度も念を押して来た。
(情報量が少ないから、なんともやりづらいな)
真徳生たちがぞろぞろと戻っていくので、私もそれに続こうとした、その時。小さな叫び声が上がった。
「ちょっと、大丈夫?」
「いきなり転ぶなんてビックリした!」
声がした方を見ると、一人の女子生徒が地面に倒れていた。転んだ時にぶちまけたのか、辺りに鞄の中身が散らばっている。
「先、行ってるね~」
「もう気をつけてね」
しかし、同じ学校の制服を着ている女子たちは、その子を助けもせずにそのまま金閣寺へと足を運んでいる。私は、セーラー服についた土をはたいている女子生徒に近づいた。
「大丈夫ですか?」
ノートやら筆記用具などを拾ってあげる。ガイドブックを持っているところを見ると、彼女も修学旅行生のようだ。金閣寺の周りには、真徳高校以外にも制服を着た他校の学生が多く集まっていた。
「ありがとうございます」
私から荷物を受け取り、女子は頭を下げた。私より少し高い身長に、肩に届かないくらいで真っ直ぐ切りそろえられた黒い髪。吊り上がったこげ茶色の瞳は、どこか冷めているように思えた。
「あ、怪我…」
彼女の膝から少し血が出ていた。私は鞄から絆創膏を取り出そうとしたが、黒髪の子は首を振った。
「大丈夫です。常備してますので」
「そう…」
その時、先生が自分の名前を呼ぶ声がした。
(ヤベッ…!)
辺りを見渡すと、すでに真徳生の姿は全く見えなかった。
「じゃあ、お大事に」
私はお辞儀をすると、彼女も無表情のままお辞儀を返した。
(なんか、事情がありそうな子…)
同じ制服を着ている生徒たちと、全く馴染めていない。後ろを振り返り彼女の背中を見ながら、私は勝手にそんなことを思っていた。