「あれ。白石ちゃんも今帰り?」
(何故いつも奇妙なタイミングでこの三人に遭遇するのだろう…)
私は体育館へ向かうところで、ばったり天城、蓮見、そして五十嵐と会ってしまった。
「私は…」
「今から俺の部活見学」
私の肩を組み、榊がにやりと笑った。
「俺の雄姿を見せて説得する」
「えー!何それ、面白そう!俺も行く!」
蓮見の目が、まるで新しいおもちゃを見つけたかのように輝いた。
「なんでや…」
私は小さい声で呟いた。
「何部?」
珍しく天城が口を開いた。ただ相変わらずの無表情で何を考えているのか分からない。
「バスケ部」
二人とも身長があるせいか、ただ向き合っているだけなのに威圧感がある。
(早くこの場から去りたい…)
私の気持ちなどよそに、話は進んでいく。
「天城も昔バスケ部だったよ」
蓮見が天城の肩に腕を回しながら、言った。
「へえ!じゃあ、あんたも来る?」
榊が反応した。同じバスケ好きと聞いて、素直に嬉しそうだ。
「もう皆で行けば?」
二人の後ろにいた五十嵐が、興味なさそうに言った。
彼の一言を皮切りに、一同は体育館へと移動することになった。あまり関心がなさそうな五十嵐までその一味に加わっている。そしていつの間にか蓮見と榊は意気投合している。
(さすがコミュ力おばけ同士…)
体育館へ着くと、私たちは邪魔にならないようにドアの近くから眺めることにした。二チームに分かれ、黄色いゼッケンをつけたチームと榊は勝負するらしい。独特な体育館の臭いと、バッシュがキュッと鳴る音が、どこか懐かしい。
「榊って結構うまいんだね」
隣で蓮見が言った。
「ほんと」
蓮見の言う通りだった。一度、公園で榊と1ON1をしたことがあったが、あの時は手を抜いていたことがよく分かる。先輩を何人も抜いたり、スリーポイントも何度か決めている榊は、一人だけ動きが違う。元バスケ部というより、むしろ現役でずっとバスケをしていた分類だろう。
「カッコいいね、あいつ」
五十嵐が私の後ろから言った。
「そうね」
今の榊を見ていると、部活をしていた現役時代でも勝てるかどうか分からない。
その時、ダンっと大きい音がして選手の誰かが倒れるのが遠目に見えた。
何やら焦ったように部員たちが話しているが、何が起きたのか分からない。しかし、しばらくすると足を引きずった大柄な男子が、1年生と思われる部員に支えられるようにして体育館から去って行った。
榊がこちらに走って来た。
「どうした?」
蓮見が聞いた。
「先輩が足をくじいた」
そう言うが早いか、腕組みして見ていた天城の腕をいきなり掴んだ。
「お前、元バスケ部って言ってたよな?今、入れる?」
どこか不機嫌そうな天城の顔を皆が一斉に見つめた。光の速さで断るかと思ったが、意外なことに天城は頷いた。
驚いたのは蓮見の方だった。
「え、海斗!お前、バスケ部に…」
しかし、天城が投げた鞄を受け取るのに忙しく、その先は聞けなかった。
「バッシュは?」
天城が榊に聞いている。
「予備がある。足何センチ?」
「28」
話しながら制服のブレザーを脱ぐ天城。私がそれを受け取ると、二人はコートへと入って行った。
(え、天城ってバスケ出来るの?)
さっきの試合を見た限りだと、先輩たちも実力はある方だと思われる。それに、今回はあのずば抜けて強い榊が、敵チームとなる。去年の体育祭でバスケをしていたのは知っているが、体育祭と試合を控えている部活動とは、真剣みが違う。
自分のことでもないのに、私は内心ハラハラしていた。
しかし試合が進むにつれて、私の心配など全く不要だったことに気づいた。榊ほどの目立った勢いや華やかさはないが、身のこなしやら、シュートを打つ姿勢は惚れ惚れするくらい美しい。
「意外…」
思わずバスケしている姿の天城に目を奪われる。
「なんで部活辞めたの?」
隣で応援している蓮見に声を掛けた。
「あー。中等部の時、怪我しちゃってね。試合の最中に」
どこか言いにくそうに蓮見が言った。恐らく、天城に口止めされているのかもしれない。しかし蓮見は続けた。
「医者にバスケはもう難しいって言われたんだけど。長い間リハビリして、またバスケが出来るようにまでなった」
私は先を促すように頷いた。蓮見の視線は天城に向けられたままだ。
「ただ、その時の先輩たちが、あまりいい人たちじゃなくて。多分アイツの才能を妬んでいたんだと思うんだけど」
私は選手たちの方に顔を向けた。
真徳は中等部からエスカレーターの生徒が多い。きっとその時の先輩たちが今のバスケ部にも所属しているのだろう。
「辛いリハビリを経て部活に戻ったのに、その時にはもうアイツの席は残されていなかった」
蓮見は大きなため息を吐いた。
「それ以来、バスケ部には近づかなくなったんだけど。一体、何があったんだ?」
「譲れない何かがあったのかもね」
そう言いながら私は、ちょうどスリーポイントシュートを入れた天城を見た。
ボールを放つ角度からスピードから、全てが完璧すぎて、鳥肌が立つ。ボールがバスケットに入る前にも、もう点が入ることが見えるほどに。
「もしくは譲れない誰か、だね」
五十嵐が扉に寄りかかりながら、言った。
「面白くなってきたね」
意味深な言葉を残す五十嵐を私は見つめた。
(あなたがバスケ部に興味あった方が面白いわ)
その時、試合終了のホイッスルが鳴った。最後のシュートは決めたものの、惜しくも榊のチームが勝利した。しかし、天城が入ったおかげなのか、力はほぼ互角のように思えた。
意外とバスケの才があった天城を称えてなのか、榊が天城の肩をバシバシ叩いているのが見えた。天城はかなり不機嫌な顔をしながら、されるがままになっている。
ふと私と目が合った榊は、足音を響かせてこちらへ走って来た。そして、勢いよく私の両肩を掴んだ。
「俺の雄姿見ただろ?」
「み、見た…」
肩を揺らされ、頭が一瞬くらりとする。
「考え変わった?」
五十嵐が無言で、榊の腕を私から引きはがしている。
「…そうね。仕方ない」
私は、渋々頷いた。
榊の試合を見ていて、部活少女だった自分も周りの協力を借りていたことを思い出した。そして、二度目の高校生活では、何度も勉強を見てくれた伊坂がいたことも。
(自信はないけど、放っておくことも出来ないしな…)
「やるわ」
「ぃやったー!さんきゅー!」
感極まって私に抱き着こうとした榊の首根っこを掴んだ人物がいた。
「何の話?」
汗をかいて濡れた前髪をかきあげながら天城が聞いた。
「来週からコイツに勉強を見てもらう」
どこか得意げに榊は親指を立てた。
「学年10位の家庭教師」
「6位よ」
私はすぐさま訂正した。
「なんで?」
未だ榊の服から手を離そうとしない天城の視線が、私に向いた。
「今回の試験結果が悪かったみたいだから。今後も部活に専念できるように手助けをするつもり…」
天城の目が明らかに「なんで、お前が?」と伝えて来る。
(いや、私だって出来るなら断りたいのよ…)
「こいつ、学年1位」
突然天城が蓮見を指さした。
「それでも6位の奴から習うのか?」
(おい)
いきなり侮辱された私は心の中で天城に突っ込む。
榊は一瞬考えた様子だったが、首を横に振った。
「まあ~。男より可愛い子の方が…」
「は?」
天城の顔が鬼の形相になり、蓮見が割って入った。
「じゃあ、皆で教えればいいいじゃん!」
楽しそうに蓮見が提案している。
「だって、海斗も学年4位だし、旭も16位だよ」
私は驚いて五十嵐を見た。勉強など全くしなさそうに見えるが、やる時はやるようだ。
(あら、意外と出来る)
「顔に出てるよ、白石ちゃん」
蓮見が私を小突いた。
「先生が4人か、悪くないね!」
榊が楽しげに言った。
「じゃあ、みんなよろしく!」
しかし、この時の私たちは誰も予感していなかった。
学年最下位が、どんな学力レベルであるかを…。
(何故いつも奇妙なタイミングでこの三人に遭遇するのだろう…)
私は体育館へ向かうところで、ばったり天城、蓮見、そして五十嵐と会ってしまった。
「私は…」
「今から俺の部活見学」
私の肩を組み、榊がにやりと笑った。
「俺の雄姿を見せて説得する」
「えー!何それ、面白そう!俺も行く!」
蓮見の目が、まるで新しいおもちゃを見つけたかのように輝いた。
「なんでや…」
私は小さい声で呟いた。
「何部?」
珍しく天城が口を開いた。ただ相変わらずの無表情で何を考えているのか分からない。
「バスケ部」
二人とも身長があるせいか、ただ向き合っているだけなのに威圧感がある。
(早くこの場から去りたい…)
私の気持ちなどよそに、話は進んでいく。
「天城も昔バスケ部だったよ」
蓮見が天城の肩に腕を回しながら、言った。
「へえ!じゃあ、あんたも来る?」
榊が反応した。同じバスケ好きと聞いて、素直に嬉しそうだ。
「もう皆で行けば?」
二人の後ろにいた五十嵐が、興味なさそうに言った。
彼の一言を皮切りに、一同は体育館へと移動することになった。あまり関心がなさそうな五十嵐までその一味に加わっている。そしていつの間にか蓮見と榊は意気投合している。
(さすがコミュ力おばけ同士…)
体育館へ着くと、私たちは邪魔にならないようにドアの近くから眺めることにした。二チームに分かれ、黄色いゼッケンをつけたチームと榊は勝負するらしい。独特な体育館の臭いと、バッシュがキュッと鳴る音が、どこか懐かしい。
「榊って結構うまいんだね」
隣で蓮見が言った。
「ほんと」
蓮見の言う通りだった。一度、公園で榊と1ON1をしたことがあったが、あの時は手を抜いていたことがよく分かる。先輩を何人も抜いたり、スリーポイントも何度か決めている榊は、一人だけ動きが違う。元バスケ部というより、むしろ現役でずっとバスケをしていた分類だろう。
「カッコいいね、あいつ」
五十嵐が私の後ろから言った。
「そうね」
今の榊を見ていると、部活をしていた現役時代でも勝てるかどうか分からない。
その時、ダンっと大きい音がして選手の誰かが倒れるのが遠目に見えた。
何やら焦ったように部員たちが話しているが、何が起きたのか分からない。しかし、しばらくすると足を引きずった大柄な男子が、1年生と思われる部員に支えられるようにして体育館から去って行った。
榊がこちらに走って来た。
「どうした?」
蓮見が聞いた。
「先輩が足をくじいた」
そう言うが早いか、腕組みして見ていた天城の腕をいきなり掴んだ。
「お前、元バスケ部って言ってたよな?今、入れる?」
どこか不機嫌そうな天城の顔を皆が一斉に見つめた。光の速さで断るかと思ったが、意外なことに天城は頷いた。
驚いたのは蓮見の方だった。
「え、海斗!お前、バスケ部に…」
しかし、天城が投げた鞄を受け取るのに忙しく、その先は聞けなかった。
「バッシュは?」
天城が榊に聞いている。
「予備がある。足何センチ?」
「28」
話しながら制服のブレザーを脱ぐ天城。私がそれを受け取ると、二人はコートへと入って行った。
(え、天城ってバスケ出来るの?)
さっきの試合を見た限りだと、先輩たちも実力はある方だと思われる。それに、今回はあのずば抜けて強い榊が、敵チームとなる。去年の体育祭でバスケをしていたのは知っているが、体育祭と試合を控えている部活動とは、真剣みが違う。
自分のことでもないのに、私は内心ハラハラしていた。
しかし試合が進むにつれて、私の心配など全く不要だったことに気づいた。榊ほどの目立った勢いや華やかさはないが、身のこなしやら、シュートを打つ姿勢は惚れ惚れするくらい美しい。
「意外…」
思わずバスケしている姿の天城に目を奪われる。
「なんで部活辞めたの?」
隣で応援している蓮見に声を掛けた。
「あー。中等部の時、怪我しちゃってね。試合の最中に」
どこか言いにくそうに蓮見が言った。恐らく、天城に口止めされているのかもしれない。しかし蓮見は続けた。
「医者にバスケはもう難しいって言われたんだけど。長い間リハビリして、またバスケが出来るようにまでなった」
私は先を促すように頷いた。蓮見の視線は天城に向けられたままだ。
「ただ、その時の先輩たちが、あまりいい人たちじゃなくて。多分アイツの才能を妬んでいたんだと思うんだけど」
私は選手たちの方に顔を向けた。
真徳は中等部からエスカレーターの生徒が多い。きっとその時の先輩たちが今のバスケ部にも所属しているのだろう。
「辛いリハビリを経て部活に戻ったのに、その時にはもうアイツの席は残されていなかった」
蓮見は大きなため息を吐いた。
「それ以来、バスケ部には近づかなくなったんだけど。一体、何があったんだ?」
「譲れない何かがあったのかもね」
そう言いながら私は、ちょうどスリーポイントシュートを入れた天城を見た。
ボールを放つ角度からスピードから、全てが完璧すぎて、鳥肌が立つ。ボールがバスケットに入る前にも、もう点が入ることが見えるほどに。
「もしくは譲れない誰か、だね」
五十嵐が扉に寄りかかりながら、言った。
「面白くなってきたね」
意味深な言葉を残す五十嵐を私は見つめた。
(あなたがバスケ部に興味あった方が面白いわ)
その時、試合終了のホイッスルが鳴った。最後のシュートは決めたものの、惜しくも榊のチームが勝利した。しかし、天城が入ったおかげなのか、力はほぼ互角のように思えた。
意外とバスケの才があった天城を称えてなのか、榊が天城の肩をバシバシ叩いているのが見えた。天城はかなり不機嫌な顔をしながら、されるがままになっている。
ふと私と目が合った榊は、足音を響かせてこちらへ走って来た。そして、勢いよく私の両肩を掴んだ。
「俺の雄姿見ただろ?」
「み、見た…」
肩を揺らされ、頭が一瞬くらりとする。
「考え変わった?」
五十嵐が無言で、榊の腕を私から引きはがしている。
「…そうね。仕方ない」
私は、渋々頷いた。
榊の試合を見ていて、部活少女だった自分も周りの協力を借りていたことを思い出した。そして、二度目の高校生活では、何度も勉強を見てくれた伊坂がいたことも。
(自信はないけど、放っておくことも出来ないしな…)
「やるわ」
「ぃやったー!さんきゅー!」
感極まって私に抱き着こうとした榊の首根っこを掴んだ人物がいた。
「何の話?」
汗をかいて濡れた前髪をかきあげながら天城が聞いた。
「来週からコイツに勉強を見てもらう」
どこか得意げに榊は親指を立てた。
「学年10位の家庭教師」
「6位よ」
私はすぐさま訂正した。
「なんで?」
未だ榊の服から手を離そうとしない天城の視線が、私に向いた。
「今回の試験結果が悪かったみたいだから。今後も部活に専念できるように手助けをするつもり…」
天城の目が明らかに「なんで、お前が?」と伝えて来る。
(いや、私だって出来るなら断りたいのよ…)
「こいつ、学年1位」
突然天城が蓮見を指さした。
「それでも6位の奴から習うのか?」
(おい)
いきなり侮辱された私は心の中で天城に突っ込む。
榊は一瞬考えた様子だったが、首を横に振った。
「まあ~。男より可愛い子の方が…」
「は?」
天城の顔が鬼の形相になり、蓮見が割って入った。
「じゃあ、皆で教えればいいいじゃん!」
楽しそうに蓮見が提案している。
「だって、海斗も学年4位だし、旭も16位だよ」
私は驚いて五十嵐を見た。勉強など全くしなさそうに見えるが、やる時はやるようだ。
(あら、意外と出来る)
「顔に出てるよ、白石ちゃん」
蓮見が私を小突いた。
「先生が4人か、悪くないね!」
榊が楽しげに言った。
「じゃあ、みんなよろしく!」
しかし、この時の私たちは誰も予感していなかった。
学年最下位が、どんな学力レベルであるかを…。