秋の訪れを感じさせる乾いた風が吹くようになった9月。夏休み明けに行われた試験も無事に終わり、みんなどこか浮かれだっていたそんな頃。誰もいない教室で、榊が頭を下げていた。
「お願いします!この通り!」
本日何度目か分からないが、私は首を横に振った。
「無理」
「えー。なんで」
榊は子供のように口を尖らせている。
「お前しか適任がいないんだ!今回の試験でもまた上位にいただろ?10位だっけ?」
「6位ね」
「ほら、凄いじゃん!俺なんて、最下位だったのよ!?次の試験でせめて200位には入らないと、次の試合に出さないって言われてんだよ~」
大きな体で榊は泣き言を言いながら机に突っ伏した。
「そんなん知らないわよ」
しばらくの間そのまま動かない榊に言った。
「行こ。あんた部活あるんでしょ」
しかし一向に動こうとしない彼を見てため息を吐いた。
「あのねえ、世の中には塾ってものがあるのよ?」
「塾、無理。怖い」
(何言ってんだ、コイツは…)
派手な見た目で先輩や後輩にも怖がられ、避けられているというのに、拗ねている様子はただの小学生である。
「家庭教師もあるじゃない」
「知らない人苦手」
「あのねぇ…」
私には初対面の時からだいぶ失礼な態度だったと思うが、それは黙っておいた。
「凛ちゃんがいい」
榊がふてくされたように呟いた。
「私、そこまで頭良い訳じゃないし、教え方も上手くないと思うよ」
誰かに何かを教えた経験など、倉庫で働いていた時に後輩がついた時だけだ。その時も、後輩がとても覚えが良かったので、途中からどちらが先輩なのか分からなくなるほどだった。
「それでも、凛ちゃんがいい。部活と勉強の両立が難しいの、分かってる人でしょ。元バスケ部だったし」
榊が放ったその言葉に、昔を思い出してしまった。
確かに部活に明け暮れていた時代は、合宿もあったし、朝練午後練全てこなしていると勉強をする時間など取れなかった。しかし、高校時代は先生たちが優しかったおかげで、そこまで勉強に身を入れずとも、テストの成績は悪くなかった。
私の心が揺らいでいるのが分かったのか、榊が私の腕を掴んだ。
「今から、部活を見に来い!頑張っている俺を見たら、絶対に勉強を手伝いたくなるから!」
「えー…」
早く帰りたい私の気持ちをよそに、榊は決まりというようにぐいぐいと私を引っ張っていく。