「いや~。お前って本当に嫌われてんだな~」
半ば感心したように榊が言った。
音楽の授業から戻ると、机がいたずら書きで埋め尽くされていた。
「まあね」
教科書をロッカーにしまうついでに、除光液を取り出した。油性ペンで書かれた悪口は、除光液と共に常備していた布に含ませ消していく。
「用意周到だな」
隣の席に腰かけながら榊は笑っている。
「そりゃ何度もやられれば、さすがにね。本当は中性洗剤の方が机を傷めないみたいだけど」
真っ赤になった布巾を裏返し、汚れていない面を見つけながら、私は呟いた。
「まあ、来年には机も一新されるから。これで」
それから、興味津々に私の作業を見ている榊に顔を向けた。
「ランチ行ってくれば?」
教室内に、クラスメートはほとんどいなかった。食堂が混む前に行きたいのか、荷物を置くと皆さっさと教室を離れていた。
「待ってる」
「なんで?」
私はまた机に視線を戻した。半分くらいは綺麗になっているが、もう少し時間がかかるだろう。
「いつ終わるか分からないよ」
「一人でランチは寂しいじゃん!」
「子供か」
首の後ろに重みを感じたと思ったら、榊が私の肩を組んだ。
(蓮見といい、コイツといい、肩組むのが好きだな)
「ねえ、聞きたいんだけど」
しばらく私の手元を見ていた榊が口を開いた。
「何」
「るーちゃんが嫌われてるの?それとも、凛子?」
私は一瞬言葉が出て来なかった。
確かにそう言われてみると、よく分からない部分がある。
「良い質問だね」
思わず私は呟いた。
「お、マジ?」
(設定で嫌われているのは、るーちゃんだけど、売られたケンカを買ってるのは私…)
「両方かな」
答えが出た私は肩をすくめた。
「へえ、面白いね。凛子はいつからるーちゃんなの?」
最後の一つを消し終わり、私は榊の腕を振り払った。
「呼び捨て禁止」
「えー。ケチ」
「ケチじゃない。お腹空いた。行こ」
「あ、おい。質問の答えをはぐらかすな!」
さっさと教室を出て行く私の後ろから榊が追いかけて来る。
「関係ないでしょ」
「関係なくても、気になる!気になる~!凛ちゃ~ん!」
「その名で呼ぶな!」
「えー誰もいないし」
口を尖らせて榊を横目に私は言った。
「そっちこそどうなの?例の好きな子とは」
今度は榊が静かになる番だった。
「それも思い出したの?」
笑顔から一転して真顔になる。
「まあね」
「…近くの女子高に通ってる」
しばらくの沈黙のあと、暗い表情のまま榊は言った。
(一緒に日本に来たのか。学校が近い割に嬉しそうじゃないな)
「もしかして、その子も無理やり帰国させられた?」
榊は私の方を見ると、眉根を寄せた。
「なんで分かんだよ」
「なんとなくそう思っただけ」
しばらく沈黙が流れ、私は口を開いた。
「会いに行かないの?」
榊は首を横に振った。
「行きたくても行けねぇよ。俺のせいで…」
二人の間に沈黙が流れた。しかし、そんな雰囲気をも壊す、蓮見の明るい声が廊下に響いた。
「あ!白石ちゃん!」
もちろん一人ではなく、後ろに無表情の天城と本日も顔が半分以上見えない五十嵐もいる。
「あれ、どちらさん?」
いつものように楽しげな蓮見が、榊の姿を認めると明らかに顔をこわばらせた。やはり不良のような風貌はこの学校ではあまり見慣れないようだ。
「転校生です」
私が簡潔にそう言うと、全員の間に長い沈黙が流れた。何かを期待したような顔で私を見つめていた榊が、静けさに耐えられず口を開いた。
「…え!何!俺の紹介それで終わり?」
榊がショックを受けたように言った。
「これ以上に何かあるかしら?」
「あるでしょ!ほら、名前とかどこで知り合ったとか…」
「興味ないことは省略しましょ」
「俺の扱い酷くね!?」
「な、仲良いね…」
蓮見が少しばかし引いているのは気のせいではないはずだ。
「売店のパンが売り切れてしまいますので、私はこれで」
私はお辞儀をし、その場をさっさと離れる。
「えー!アイツらの紹介もないの?」
後を追いかけながら榊が言った。
「したけりゃ、自分でして」
三人に聞こえない声で私が言うと、榊は呆れたように頭をかいた。
「お前の性格にも難ありだな」
「うるさい」
「ま、俺はお前がいればそれでいいけど。面白いから」
にやりと笑っている榊のことを、呆れたように見る。
正直なところ、この「榊」という人物がストーリーにどう関わっていくのか全く読めない。
(なるべくあの三人とも、西園寺や藤堂たちとも関わらせたくない…)
事態が悪化することを避けることが、なにより私にとっては重要なのだ。だから、未知数の榊は、皆から遠ざけておくのが一番良い。
半ば感心したように榊が言った。
音楽の授業から戻ると、机がいたずら書きで埋め尽くされていた。
「まあね」
教科書をロッカーにしまうついでに、除光液を取り出した。油性ペンで書かれた悪口は、除光液と共に常備していた布に含ませ消していく。
「用意周到だな」
隣の席に腰かけながら榊は笑っている。
「そりゃ何度もやられれば、さすがにね。本当は中性洗剤の方が机を傷めないみたいだけど」
真っ赤になった布巾を裏返し、汚れていない面を見つけながら、私は呟いた。
「まあ、来年には机も一新されるから。これで」
それから、興味津々に私の作業を見ている榊に顔を向けた。
「ランチ行ってくれば?」
教室内に、クラスメートはほとんどいなかった。食堂が混む前に行きたいのか、荷物を置くと皆さっさと教室を離れていた。
「待ってる」
「なんで?」
私はまた机に視線を戻した。半分くらいは綺麗になっているが、もう少し時間がかかるだろう。
「いつ終わるか分からないよ」
「一人でランチは寂しいじゃん!」
「子供か」
首の後ろに重みを感じたと思ったら、榊が私の肩を組んだ。
(蓮見といい、コイツといい、肩組むのが好きだな)
「ねえ、聞きたいんだけど」
しばらく私の手元を見ていた榊が口を開いた。
「何」
「るーちゃんが嫌われてるの?それとも、凛子?」
私は一瞬言葉が出て来なかった。
確かにそう言われてみると、よく分からない部分がある。
「良い質問だね」
思わず私は呟いた。
「お、マジ?」
(設定で嫌われているのは、るーちゃんだけど、売られたケンカを買ってるのは私…)
「両方かな」
答えが出た私は肩をすくめた。
「へえ、面白いね。凛子はいつからるーちゃんなの?」
最後の一つを消し終わり、私は榊の腕を振り払った。
「呼び捨て禁止」
「えー。ケチ」
「ケチじゃない。お腹空いた。行こ」
「あ、おい。質問の答えをはぐらかすな!」
さっさと教室を出て行く私の後ろから榊が追いかけて来る。
「関係ないでしょ」
「関係なくても、気になる!気になる~!凛ちゃ~ん!」
「その名で呼ぶな!」
「えー誰もいないし」
口を尖らせて榊を横目に私は言った。
「そっちこそどうなの?例の好きな子とは」
今度は榊が静かになる番だった。
「それも思い出したの?」
笑顔から一転して真顔になる。
「まあね」
「…近くの女子高に通ってる」
しばらくの沈黙のあと、暗い表情のまま榊は言った。
(一緒に日本に来たのか。学校が近い割に嬉しそうじゃないな)
「もしかして、その子も無理やり帰国させられた?」
榊は私の方を見ると、眉根を寄せた。
「なんで分かんだよ」
「なんとなくそう思っただけ」
しばらく沈黙が流れ、私は口を開いた。
「会いに行かないの?」
榊は首を横に振った。
「行きたくても行けねぇよ。俺のせいで…」
二人の間に沈黙が流れた。しかし、そんな雰囲気をも壊す、蓮見の明るい声が廊下に響いた。
「あ!白石ちゃん!」
もちろん一人ではなく、後ろに無表情の天城と本日も顔が半分以上見えない五十嵐もいる。
「あれ、どちらさん?」
いつものように楽しげな蓮見が、榊の姿を認めると明らかに顔をこわばらせた。やはり不良のような風貌はこの学校ではあまり見慣れないようだ。
「転校生です」
私が簡潔にそう言うと、全員の間に長い沈黙が流れた。何かを期待したような顔で私を見つめていた榊が、静けさに耐えられず口を開いた。
「…え!何!俺の紹介それで終わり?」
榊がショックを受けたように言った。
「これ以上に何かあるかしら?」
「あるでしょ!ほら、名前とかどこで知り合ったとか…」
「興味ないことは省略しましょ」
「俺の扱い酷くね!?」
「な、仲良いね…」
蓮見が少しばかし引いているのは気のせいではないはずだ。
「売店のパンが売り切れてしまいますので、私はこれで」
私はお辞儀をし、その場をさっさと離れる。
「えー!アイツらの紹介もないの?」
後を追いかけながら榊が言った。
「したけりゃ、自分でして」
三人に聞こえない声で私が言うと、榊は呆れたように頭をかいた。
「お前の性格にも難ありだな」
「うるさい」
「ま、俺はお前がいればそれでいいけど。面白いから」
にやりと笑っている榊のことを、呆れたように見る。
正直なところ、この「榊」という人物がストーリーにどう関わっていくのか全く読めない。
(なるべくあの三人とも、西園寺や藤堂たちとも関わらせたくない…)
事態が悪化することを避けることが、なにより私にとっては重要なのだ。だから、未知数の榊は、皆から遠ざけておくのが一番良い。