「なんか凄い殺気を感じるのは僕だけかな」
真っ赤なグローブを装着し、制服姿のままサンドバッグに向かって一心不乱にパンチを繰り出している私を見て、小声で幸田が言った。
「今、自分と戦っているんすよ」
榊がおかしそうに言った。
「あの酔っ払い具合を心配してたけど、元気そうでよかった」
幸田は安心したように言うと、トレーニングを受けている人たちの方へと向かった。
「おい!ミット打ちやるか?」
動きやすい服装に着替えた榊が、私に向かって叫んだ。
一旦手を止めてから、私はにやりと笑った。
「上等!」
私はスパンといい音を立てて、グローブを叩き合わせた。
しかし数十分後、私はぜいぜいと肩で息をしながら壁に手をついた。
「ちょっと、休憩…」
「おい、こんなもんか?」
額の汗を袖で拭いながら、楽しそうに榊は言った。
「さっきまでの勢いはどうした」
ニヤニヤと笑う榊に挑発されていると分かってはいるが、体がついていかない。
「…化け物みたいなあんたの体力と一緒にしないで」
ペットボトルの水を飲み、息を整える。
幸田の話によると、榊は親父と喧嘩して日本へ帰国後、毎日のようにボクシングジムで筋トレやミット打ちをしているらしい。
(そんな奴と体力勝負して勝てる訳がない…)
「運動能力が高いのと、体力が自慢じゃなかったっけ?」
床に座り込んだ私に合わせて、榊はしゃがんだ。
そんなことを言った覚えはないと、言い返そうとした時、私の額を榊が小突いた。
「26歳の凛子ちゃん」
一瞬にして言いたい言葉が消えた。
榊の紫色のカラコンに、自分の困惑した表情が写っているのが見えた。
それが面白いのか、榊は「顔やば」と言いながら笑っている。
私は足にぐっと力を入れ、立ち上がった。
「お」
私の表情が変わったのに気づいた榊はミットを構えた。そこに私はまたもやパンチやキックを打ち込む。さっきまでの威力とは格段に劣るが、まだ余力があったことに自分でも驚いた。
「あ…あの日のこと…は…忘れて」
少しジャブを打っただけで、息が上がって来る。なんでもいいからそれっぽい言い訳を考えたいのに、頭が回らない。
「印象的すぎで忘れられないね」
「あんな…酔っ払いの…言う事…を信じる方が…おかしい」
「そうか。今まで一番、本音で話していると思ったけど」
荒い呼吸を繰り返しながら、酸素が薄くなった頭で、榊が黙ればいいのにとぼんやりと考える。
「それで、何で俺は学校でお前に話かけちゃいけないの?」
ふと榊が聞いた。
疲れている今なら、何でも正直に話すと踏んでいるのだろう。そして、その作戦は見事成功した。
「あんたを守るため」
私は焼け付くカラカラの喉から声を絞り出した。
「守る?」
榊の瞳が細められた。
「私の近くにいると、いつか目を付けられる」
私はジャブを繰り出していた手を止めた。
「私だって唯一の友達がいた。でも私と一緒にいたせいで、彼女は突然転校を余儀なくされた」
「なに、俺のこと心配してんの?」
突然、榊が片手で私の首を勢いよく掴んだ。その力強さに私は思わず足元をふらつかせた。目の前の男が大量の汗を流しながらも余裕の表情であるのことに苛立ちを感じる。
榊から逃れようと力のない腕で押すが、びくともしない。
「離せ…」
「可愛いところあんじゃん!」
乱暴に私の頭をぐしゃぐしゃと撫でまわす。
「このクソガキ…」
そう小さく呟いた声が聞こえたのか、榊は笑って言った。
「確かに10歳も離れてたら、ガキだな!」
この言い方に、完全に榊は私の言葉を全て信じたことを悟った。
(もう誤魔化せないか)
「安心しろ。俺は大丈夫だ」
にやりと笑う榊の表情には、自信が溢れていた。
「俺が、お前の友達になってやる」
頭の中では否定をしたいのに、悔しいが「友達」という言葉に心が動いてしまった。
「あー!かっくん、白石ちゃんに何てことしてんの!」
私が首を絞められていると思った幸田の慌てた声が、ジムに響いた。
真っ赤なグローブを装着し、制服姿のままサンドバッグに向かって一心不乱にパンチを繰り出している私を見て、小声で幸田が言った。
「今、自分と戦っているんすよ」
榊がおかしそうに言った。
「あの酔っ払い具合を心配してたけど、元気そうでよかった」
幸田は安心したように言うと、トレーニングを受けている人たちの方へと向かった。
「おい!ミット打ちやるか?」
動きやすい服装に着替えた榊が、私に向かって叫んだ。
一旦手を止めてから、私はにやりと笑った。
「上等!」
私はスパンといい音を立てて、グローブを叩き合わせた。
しかし数十分後、私はぜいぜいと肩で息をしながら壁に手をついた。
「ちょっと、休憩…」
「おい、こんなもんか?」
額の汗を袖で拭いながら、楽しそうに榊は言った。
「さっきまでの勢いはどうした」
ニヤニヤと笑う榊に挑発されていると分かってはいるが、体がついていかない。
「…化け物みたいなあんたの体力と一緒にしないで」
ペットボトルの水を飲み、息を整える。
幸田の話によると、榊は親父と喧嘩して日本へ帰国後、毎日のようにボクシングジムで筋トレやミット打ちをしているらしい。
(そんな奴と体力勝負して勝てる訳がない…)
「運動能力が高いのと、体力が自慢じゃなかったっけ?」
床に座り込んだ私に合わせて、榊はしゃがんだ。
そんなことを言った覚えはないと、言い返そうとした時、私の額を榊が小突いた。
「26歳の凛子ちゃん」
一瞬にして言いたい言葉が消えた。
榊の紫色のカラコンに、自分の困惑した表情が写っているのが見えた。
それが面白いのか、榊は「顔やば」と言いながら笑っている。
私は足にぐっと力を入れ、立ち上がった。
「お」
私の表情が変わったのに気づいた榊はミットを構えた。そこに私はまたもやパンチやキックを打ち込む。さっきまでの威力とは格段に劣るが、まだ余力があったことに自分でも驚いた。
「あ…あの日のこと…は…忘れて」
少しジャブを打っただけで、息が上がって来る。なんでもいいからそれっぽい言い訳を考えたいのに、頭が回らない。
「印象的すぎで忘れられないね」
「あんな…酔っ払いの…言う事…を信じる方が…おかしい」
「そうか。今まで一番、本音で話していると思ったけど」
荒い呼吸を繰り返しながら、酸素が薄くなった頭で、榊が黙ればいいのにとぼんやりと考える。
「それで、何で俺は学校でお前に話かけちゃいけないの?」
ふと榊が聞いた。
疲れている今なら、何でも正直に話すと踏んでいるのだろう。そして、その作戦は見事成功した。
「あんたを守るため」
私は焼け付くカラカラの喉から声を絞り出した。
「守る?」
榊の瞳が細められた。
「私の近くにいると、いつか目を付けられる」
私はジャブを繰り出していた手を止めた。
「私だって唯一の友達がいた。でも私と一緒にいたせいで、彼女は突然転校を余儀なくされた」
「なに、俺のこと心配してんの?」
突然、榊が片手で私の首を勢いよく掴んだ。その力強さに私は思わず足元をふらつかせた。目の前の男が大量の汗を流しながらも余裕の表情であるのことに苛立ちを感じる。
榊から逃れようと力のない腕で押すが、びくともしない。
「離せ…」
「可愛いところあんじゃん!」
乱暴に私の頭をぐしゃぐしゃと撫でまわす。
「このクソガキ…」
そう小さく呟いた声が聞こえたのか、榊は笑って言った。
「確かに10歳も離れてたら、ガキだな!」
この言い方に、完全に榊は私の言葉を全て信じたことを悟った。
(もう誤魔化せないか)
「安心しろ。俺は大丈夫だ」
にやりと笑う榊の表情には、自信が溢れていた。
「俺が、お前の友達になってやる」
頭の中では否定をしたいのに、悔しいが「友達」という言葉に心が動いてしまった。
「あー!かっくん、白石ちゃんに何てことしてんの!」
私が首を絞められていると思った幸田の慌てた声が、ジムに響いた。