「お前は、家族と年越さなくていいの?」
榊が私を気遣ってか、そう聞いた。
「私だって…。私だって家族と過ごしたいに決まってるじゃん!」
幸田が慌てて言った。
「なんかね。白石ちゃんを残して、海外旅行に行っちゃったみたい」
「あー…」
榊はしまったという顔をしているが、私は気づかない。
「私も何度も田舎に帰ろうとしたけど、でも、無理だった。だって玄関で追い返されたら、もう立ち直れない!…手紙だって出したのに、返してくれないし!」
「なんの話?」
困惑している榊が言い、幸田が「もしかして」と声を上げた。
「お酒飲んじゃったんじゃ…?」
「わ、私じゃないわよ!」
右隣で彩那が慌てて言い、それからテーブルの上を見渡した。
「ちょっと待って。これじゃない?奈良漬…」
お酒を飲んだ痕跡はないが、目の前に置いてあった奈良漬だけはかなり減っている。
「まさかの奈良漬」
困惑した幸田が呟いた。
「わたし、お酒は強いんです。酒豪なんれすよ!」
何だか分からないが気分がとても良い。体が宙に浮いているようだ。
「あ!でも、今は高校生でした!」
きゃはははと笑いが漏れた。
「かなり酔っているわね」
彩那は私が食べた皿を確認しながら、ぼそりと呟いた。
「目の前にお酒があるのに、飲めないなんで拷問ですか!」
テーブルの上にあるビール瓶を指さしながら私は叫んだ。
「でも、高校生はお酒飲んじゃダメなんだから…」
そしてまたもや奈良漬に手を伸ばした私の手を、彩那が軽く叩いた。
「こら、もうダメ!」
「え~!ケチ~」
「ほら、キュウリでも食べてなさい」
「キュウリも好き!」
「…少し頭を冷やせば、正気に戻るかな」
しばらく私の様子を見ていた榊が、幸田に聞いた。
「かもしれないね。外に行くならコート着てね。かなり寒いと思うから」
「おい、行くぞ」
私は榊に腕を掴まれ、無理やり立たせられる。
「どこ行くの~?」
「頭を冷やしに」
「あ、バスケするか!」
「今の状態で出来るかよ」
「私は常にスタメンだったからね!負けないよ!」
「もう会話にならん…」
そうこうしながら、凍てつく風が吹く外へ向かった。
ジムが入っているビルの前には3人掛けのベンチがある。そこに乱暴に座らせられた。
頭をグラグラと動かしている私に向かって、榊はため息交じりに言った。
「お前、こんな状態で家帰れるの?」
「どうせ誰もいない家よ…」
帰りたい家があるのに、今はもうない。会いたい人たちがいるのに、もう二度と会えない。
「はあー泣きそう」
「また?俺、慰め方知らないぞ」
「あんたに期待なんてしてない」
私がふんと鼻を鳴らすと、榊に酔っ払いめ、と頭を小突かれた。
「ねえ、あんた明日出発なんでしょ?戻ってくるの?」
しばらくの沈黙のあと、私は口を開いた。
「もう戻ってくる予定はない。向こうで叶えたい夢があるから」
冬空を見つめながら榊は言った。
「じゃあ、私の秘密を話してもいいか」
私はすくっと立ち上がった。
「は?」
「私、本当はね。白石透じゃないんだ」
「はあ?」
榊の瞳が呆れかえっている。私はふっと笑った。
完全に酔っぱらいのたわ言だと思われている方が、心の内が話しやすい。
「本当の名前は杉崎凛子。ある日事故死して、それ以来、白石透として高校生活を送ってるの。驚きでしょ?」
榊が黙っていることをいいことに、私は話し続けた。
「本当は身長178センチあって、バスケも得意だったし、スリーポイントシュートなんてバンバン入れてたんだからね!ほぼ男として皆に扱われるほどに、運動は得意だったんだよ」
それから私はベンチに座った。
「るーちゃんになって楽しいことも、嬉しいことも経験したけど、私は今後どういう風に生きていったら分からない。るーちゃんを幸せにしたい一心で過ごして来たけど、私はまだどこか杉崎凛子なんだ。自分というものが最近分からなくて、ずっとモヤモヤする。自分じゃない誰かになるって、凄く大変でしんどい…」
そこで私の記憶は切れていた。
どうやって家まで帰って来たのか全く覚えていない。つまり、その後、榊が休日の平松を呼び出し、私を送ったということだ。
私は言葉を失っていた。
アルコールが入っていたとは言え、自分のことをべらべらと暴露してしまった。
(あの時の自分をぶん殴りたい…)
「お。思い出したようだな」
青ざめている私を見て、満足そうに榊は笑った。
(しかも酒豪と呼ばれた私が、奈良漬で記憶を飛ばすとは…)
私は両手で顔を覆う。
「大丈夫か?おーい」
この状況が楽しくて仕方ない榊が私の肩を叩いた時、幸田の運営するジムに到着した。
榊が私を気遣ってか、そう聞いた。
「私だって…。私だって家族と過ごしたいに決まってるじゃん!」
幸田が慌てて言った。
「なんかね。白石ちゃんを残して、海外旅行に行っちゃったみたい」
「あー…」
榊はしまったという顔をしているが、私は気づかない。
「私も何度も田舎に帰ろうとしたけど、でも、無理だった。だって玄関で追い返されたら、もう立ち直れない!…手紙だって出したのに、返してくれないし!」
「なんの話?」
困惑している榊が言い、幸田が「もしかして」と声を上げた。
「お酒飲んじゃったんじゃ…?」
「わ、私じゃないわよ!」
右隣で彩那が慌てて言い、それからテーブルの上を見渡した。
「ちょっと待って。これじゃない?奈良漬…」
お酒を飲んだ痕跡はないが、目の前に置いてあった奈良漬だけはかなり減っている。
「まさかの奈良漬」
困惑した幸田が呟いた。
「わたし、お酒は強いんです。酒豪なんれすよ!」
何だか分からないが気分がとても良い。体が宙に浮いているようだ。
「あ!でも、今は高校生でした!」
きゃはははと笑いが漏れた。
「かなり酔っているわね」
彩那は私が食べた皿を確認しながら、ぼそりと呟いた。
「目の前にお酒があるのに、飲めないなんで拷問ですか!」
テーブルの上にあるビール瓶を指さしながら私は叫んだ。
「でも、高校生はお酒飲んじゃダメなんだから…」
そしてまたもや奈良漬に手を伸ばした私の手を、彩那が軽く叩いた。
「こら、もうダメ!」
「え~!ケチ~」
「ほら、キュウリでも食べてなさい」
「キュウリも好き!」
「…少し頭を冷やせば、正気に戻るかな」
しばらく私の様子を見ていた榊が、幸田に聞いた。
「かもしれないね。外に行くならコート着てね。かなり寒いと思うから」
「おい、行くぞ」
私は榊に腕を掴まれ、無理やり立たせられる。
「どこ行くの~?」
「頭を冷やしに」
「あ、バスケするか!」
「今の状態で出来るかよ」
「私は常にスタメンだったからね!負けないよ!」
「もう会話にならん…」
そうこうしながら、凍てつく風が吹く外へ向かった。
ジムが入っているビルの前には3人掛けのベンチがある。そこに乱暴に座らせられた。
頭をグラグラと動かしている私に向かって、榊はため息交じりに言った。
「お前、こんな状態で家帰れるの?」
「どうせ誰もいない家よ…」
帰りたい家があるのに、今はもうない。会いたい人たちがいるのに、もう二度と会えない。
「はあー泣きそう」
「また?俺、慰め方知らないぞ」
「あんたに期待なんてしてない」
私がふんと鼻を鳴らすと、榊に酔っ払いめ、と頭を小突かれた。
「ねえ、あんた明日出発なんでしょ?戻ってくるの?」
しばらくの沈黙のあと、私は口を開いた。
「もう戻ってくる予定はない。向こうで叶えたい夢があるから」
冬空を見つめながら榊は言った。
「じゃあ、私の秘密を話してもいいか」
私はすくっと立ち上がった。
「は?」
「私、本当はね。白石透じゃないんだ」
「はあ?」
榊の瞳が呆れかえっている。私はふっと笑った。
完全に酔っぱらいのたわ言だと思われている方が、心の内が話しやすい。
「本当の名前は杉崎凛子。ある日事故死して、それ以来、白石透として高校生活を送ってるの。驚きでしょ?」
榊が黙っていることをいいことに、私は話し続けた。
「本当は身長178センチあって、バスケも得意だったし、スリーポイントシュートなんてバンバン入れてたんだからね!ほぼ男として皆に扱われるほどに、運動は得意だったんだよ」
それから私はベンチに座った。
「るーちゃんになって楽しいことも、嬉しいことも経験したけど、私は今後どういう風に生きていったら分からない。るーちゃんを幸せにしたい一心で過ごして来たけど、私はまだどこか杉崎凛子なんだ。自分というものが最近分からなくて、ずっとモヤモヤする。自分じゃない誰かになるって、凄く大変でしんどい…」
そこで私の記憶は切れていた。
どうやって家まで帰って来たのか全く覚えていない。つまり、その後、榊が休日の平松を呼び出し、私を送ったということだ。
私は言葉を失っていた。
アルコールが入っていたとは言え、自分のことをべらべらと暴露してしまった。
(あの時の自分をぶん殴りたい…)
「お。思い出したようだな」
青ざめている私を見て、満足そうに榊は笑った。
(しかも酒豪と呼ばれた私が、奈良漬で記憶を飛ばすとは…)
私は両手で顔を覆う。
「大丈夫か?おーい」
この状況が楽しくて仕方ない榊が私の肩を叩いた時、幸田の運営するジムに到着した。