新年のカウントダウンのあと、寂しさを紛らわすためにノンアルでもいいからと深夜にも関わらずコンビニへと向かった。住宅街はそこまで賑やかではなかったが、公園に近づくと騒がしい人の声で溢れていた。友人同士で集まり、宴会をしているグループがいくつもあった。その笑い声が溢れる人々の横を通り、コンビニへと向かっていると、酔っ払いの一人に声を掛けられた。
「お姉ちゃんも一緒にどう?」
「結構です」
私は歩みを止めないまま答えた。
「新年なんだよ~。せっかくなんだから、一緒に飲もうよ」
「間に合ってます」
無視してその場を通り過ぎようとした時、酔っ払いが腕を掴もうとした。
その時「そこまでにしようか」と優しい声が聞こえた。
振り返ると、ジムのトレーナー、幸田が立っていた。
「この子、俺の連れなので」
自分の倍はある体格の幸田に見下ろされて、酔っ払いの男は更に足元をふらつかせた。
「なんだよ、一緒に楽しもうと思っただけだよ」
そう呟きながら、仲間の待っている輪へと戻って行った。
「この辺の住人じゃないね。マナーが悪い」
「そうですね」
この近辺はある程度常識を持った金持ちが多く住んでいる。今夜、ここで年越しをして騒いでいるメンバーは近所の人ではなさそうだ。
「それはそうと、何でこんなところに?」
「コンビニに行こうかと」
「こんな時間に?誰かと一緒?」
黙っていようと思ったが、口から言葉がついて出た。
「家族は全員オーストラリアで…」
以前幸田の前で大泣きしたことがあったが、彼の纏(まと)う雰囲気のせいだろうか、彼を前にすると自然と何でも話してしまう。自分一人で過ごしていると聞くと幸田は驚いた顔をした。
「それは悲しいね」
「はい。まあ…」
今まで幾度となく一人で年越しをしてきたが、あの無駄に広々とした家に一人でいるのと、余計にもの悲しく、寂しく感じる。
(しかし26歳にもなって情けない)
自分で言っていて恥ずかしくなって来た私は、頭を下げた。
「すみません。帰ります」
「良かったら、ジムに来る?みんなでパーティーしてるんだけど、拓也も今日はまだ起きてるよ」
心のどこかでまだ帰りたくなかった私は、その誘いに二つ返事で乗ってしまった。

何度かお世話になったジムは、きれいに片づけられ、大きなテーブルを囲って皆で楽しく宴会を開いていた。その間を忙しそうに食事を出したり、片づけたりしている女性はきっと幸田の奥さんだろうか。幸田は、靴を脱ぐとすぐにその女性の元に駆け寄り、飲み物を下げる手伝いをしていた。手が空いたところで、幸田は未だにドアの近くで立っている私を皆に紹介した。
「こちら、白石透さん。拓也のお友だち」
「あら、可愛い子ね」
「こっちへいらっしゃいな」
ジムのトレーナーらしき男性もいたが、ちらほら女性も混ざっていた。親戚で集まっているのだろうか。私は手招きされた方へ向かい、そこに座った。
「お酒、飲める?」
「はい」
自分が高校生という事も忘れ、久しぶりのアルコールを前に私は頷いていた。
「おいおい。未成年だろ」
上から声が降って来たと思ったら、榊が私のコップに手をかざしていた。見た目とは異なり、この辺はしっかりしているらしい。
既に酔いが回っている女性は、ごめんごめんと私の肩を叩いて笑った。
「じゃあこっちね」
そう言い、私にオレンジジュースを渡してくれた。
(今日はオレンジジュースの日か…)
さきほどカウントダウンと共にオレンジジュースを飲んでいたのを思い出した。それでも一人ではない分、少し美味しく感じた。
「こうちゃん、お酒のおかわり!」
「さっき買ってきたのがそこにある」
買い出し班だったのか、幸田は忙しそうに買ってきたばかりのビールやらつまみを皆に渡している。
「この子、どこで拾ってきたの~?」
私の頭を撫でながら、隣の酔っぱらった女性が幸田に聞いた。
「さっき、公園でばったり」
「なんでわざわざ公園なんか?反対方向だろ」
別の男性が幸田に聞いた。
「なんか凄く騒がしかったら、様子を見に行ったんだ。公園を汚されるのも嫌だし」
(たくや君がよく遊んでいる公園だからか…)
目の前に座った責任感のある父親を見つめた。
「そしたら、彼女が酔っ払いに絡まれてた」
「マジかよ」
左隣に座っている榊が反応した。
「声掛けられただけ」
私はオレンジジュースをちびちび飲みながら言った。
「ただ、俺が入っていかなきゃ、酔っ払いの方が危なかったかもね」
何やら楽しそうに幸田が肩を上下させながら笑った。
「白石ちゃん、キレると怖いから」
一心不乱にパンチを打ち込む様子を何度か見ているからだろうか。
「確かに筋はあるよね。真剣に習ってみる?」
幸田の隣に座っているトレーナーの一人が言った。
「ボクシングなんて、ダメよ。こんなに可愛いんだもの~」
隣の女性が私の頭を撫でる。
「彩那、あまり絡むな」
彩那と呼ばれた女性は、渋々私から手を離した。
「さて、白石ちゃんも来たことだし、乾杯でもしようか!」
「あれ、たくや君は?」
私は辺りをきょろきょろと見渡した。
「さっきまで思いっきりはしゃいでたけど、今は事務室で寝てる」
榊が私に耳打ちするように言った。
「ああ、まあそうか」
時計を見ると、もう深夜の1時を回るところだった。
「皆、新年明けましておめでとう!そして残念ながら、明日帰国してしまう、かっくんにも乾杯!」
全員がそれぞれ自分の飲み物を高く掲げ、それを飲み干した。
「帰国、明日なの?」
「おお」
どこか嬉しそうな榊に、私にはピンと来た。
「誰か会いたい人がいるんでしょ?」
榊の顔が一気に顔が赤くなる。
「な、なんで!」
「顔に書いてあるよ」
「嘘つけ!」
「さ。誰が待っているのか、吐いてもらおうか。その愛しの人の名前は?」
「言うか!」
しかし、口角が上がっている様を見るとまんざらでもないようだ。
「青春してるな~」
「青春ね~」
榊とそんなやり取りとしていると、既に出来上がった大人たちが私たちを見てはにやにやしていた。
(私もそっち側の人間なのですが…)
「白石ちゃんとかっくん、お似合いだと思うんだけどね~」
「でも、かっくんには想い人がいるし」
榊に好きな人がいるのは、ここにいる人全員が知っているようだ。
「かっくんの好きな人はどんな人ですか?」
私は身を乗り出して、聞いた。
「かっくん、言うな!」と榊。
「それがね~。私たちにも教えてくれないのよ」
「意外と秘密主義でさ~」
こんな風に話していると、榊がいかに親戚の人たちに大事にされているかが分かる。
「なんか羨ましい」
私はぼそりと呟き、目の前に置いてあった漬物をポリポリとかじった。
(美味しい…)
部屋中に充満する温かい家族の雰囲気と熱気に、次第に体がぽかぽかして来た。