数日後。
「あら、ごきげんよう。白石さん」
上品な笑顔を向けて挨拶をする西園寺に向かって、私は負けじと笑い返した。
「ええ。ごきげんよう」
しかし心の中は、冷静ではいられなかった。
(まどか、いとも容易く約束を破ってごめん!)
家に帰ったら今日のことを根掘り葉掘り聞かれるだろう。その時に、西園寺の名前を出さないほど私は器用な人間ではないと自覚していた。
「今日は誰に誘われたのかしら?」
口角は上がっているが、目は笑っていない。
「蓮見さんにお誘い頂きましたの」
「そう、不思議ね。貴女はもう天城さまの婚約者でもないのに、お声がかかるなんて」
西園寺の言い方は、まるで誘われていないのに自らやって来た厄介な人という言いぐさだった。
(私だって来たくなかったわ!)
心の中で思いっきり叫んだ。

初詣へ行こうと蓮見(はすみ)から連絡が来たのは、二日前。二つ返事で断ろうとしたが、隣にいた妹が「断ったことを知ったら母親がまた何をするか分からない」と、半ば強引に同意させた。
(まどかは、私が水かけられた事がだいぶトラウマになっているからな~)
いつもなら電車を使うが、初詣の神社は意外と家から遠かった。そのため、どこか疲れている様子の平松にお願いして車を出してもらい、約束の時間に合わせてこの清水谷(しみずだに)神社にやって来た。しかし、そこにいたのは紺の着物に金色柄の入った帯をした、どこから見てもお上品な西園寺だった。黒い髪の毛は綺麗に後ろでまとめられており、主張しすぎない赤い花飾りを付けていた。
(今一番避けたい相手なのに)
スマホを何度も確認している西園寺を横目で見た。
微妙な沈黙が流れること数分。私たちを呼ぶ声が聞こえた。
「お、いたいた!」
声がする方に目をやると、灰色のロングコートを着た蓮見が私たちに向かって手をぶんぶんと振っていた。隣には、なぜか藤堂がどこか誇らしげに歩いている。そして、その後には眠たそうな五十嵐ものんびりとした足取りで付いて来ていた。
「遅れてごめん。駐車場がいっぱいで」
蓮見が謝るように言った。
「いいえ。大丈夫ですわ。天城さまは?」
西園寺は蓮見の後ろを覗き込んでいる。
「あれ、まだ来てない?」
「ええ。私の方でも連絡してみたのだけど…」
西園寺の話を聞きながら、蓮見は自分のポケットからスマホを取り出し、連絡が来ていないか確認している。
「ごきげんよう。白石さん」
にっこりと太陽のような笑顔を見せて、藤堂が私に挨拶をした。赤いポンチョが白い肌によく映えている。
「ごきげんよう」
(この可愛い顔にイチコロの男子がどんだけいるんだろう)
「お一人でいらしたの?」
藤堂がきょとんとした表情を作って言った。
「ええ」
私が頷くと、聞いてもいないのに藤堂は恥ずかしそうに言った。
「私は蓮見さまに誘われて、一緒に来ましたわ。あの日から、ずっと仲良くさせてもらっていますの」
(あの日…?ああ、クリスマスパーティーか)
確かに蓮見は藤堂とカップルチケットを受け取っていた。ダンスも踊ったし、卒業アルバムにも載る写真も撮った。既に自分たちは公式のカップルであると、彼女は言いたいのだろう。
(でも、あれ?藤堂は天城が好きだったんじゃ…?)
しかし、蓮見を前に甘えた声を出す様子を見ると、蓮見に乗り換えたようにも見える。
(謎な子…)
「寒いね」
突然、横から声を掛けられて、私はぎくっとした。
(なんだ、五十嵐か。いつも影が薄いから気がつかない…)
「ごきげんよう」
相変わらず長い前髪で目が見えないが、眠たそうなのだけは分かった。
「…あの子、苦手」
しばらくの間のあと、五十嵐がぼそりと言った。
「今日もいきなり車に乗って来た」
「そうなの?」
五十嵐はこくんと頷いた。
「車中ずっと喋りっぱなし」
話好きと言えば蓮見だ。彼も負けず劣らず騒がしいが、何が違うのだろう。
「蓮見さんから誘われたって言っていたけど」
「誘ってない。どこからか情報が漏れた」
「どこからって…」
そう言いながらも、何となく心当たりはあった。ママ友同士の連絡網だ。蓮見の予定を聞いたお母さんが、おそらく友人である藤堂母に伝えたのだろう。そして、蓮見たちが出発する時間を狙って、車に便乗した。
(もしこの仮説が本当なら、だいぶタフな子ね)
何やら楽しそうに西園寺と話している藤堂に目を向けた。彼女の人懐こい性格が、少し横暴なやり方も許してしまうのだろうか。
(羨ましい限りね)
「先に行ってる?」
蓮見がこちらにやって来た。
「天城と連絡取れないし」
「私は構わないわ」
「とりあえず、寒い」
更に白いマフラーに顔を埋めて五十嵐が言った。
「じゃあ、先に行くか!」
そして蓮見を先頭にみんながぞろぞろと歩き始めた。