「白石ちゃん!どうした!?」
食堂からの帰り道、この汚い格好で一番会いたくない人たちに遭遇してしまった。
「なんでもな…」
「ない訳ないだろ」
いつものように流そうとしたが、天城に先回りされてしまった。
「なんか甘い匂いがする」
五十嵐がそう言いながら顔を近づけて来た。
「離れろ」
天城が五十嵐の首根っこを掴み、私から引き離す。
「これ、いちご牛乳?」
私の制服についた染みを見ながら、蓮見が言った。
「何があった?」
天城が眉間に皺を寄せ、私を睨みつける。
「手が滑ったのよ」
我ながら下手な言い訳に聞こえるが、事実を言うつもりはなかった。
最近、初期設定である白石透嫌いが崩れ始めている天城たちとは言え、弱みを握られるのも、恩を売られるのも嫌だった。もし、手の平を返された時に、面倒なことになりかねない。
「手が滑って頭からかぶったのか。ずいぶんと斬新な飲み方だな」
全く信じた様子のない天城が言った。
「そう、斬新な飲み方をしたの」
私は肩をすくめた。
「まあ、確かに」
蓮見がうんうんと頷いた。
「風呂後のコーヒー牛乳を飲む時は、手元が狂うと顔にかかることもあるよな」
頼んでもいないのに実演をしている蓮見を横目で見る。
「こう、腰に手を当ててぐいっと飲むからな!」
「その体勢は絶対なの?」と五十嵐。
「当たり前だ!じゃないと、湯上りの雰囲気が出ないだろ!」
「ちょっと言っている意味が分からない」
そんな呑気なやり取りをしている二人から視線を外し、私は「じゃあこれで」とその場を離れようとすると、天城が言った。
「着替えはあるのか」
私はまた肩をすくめた。
「ないけど、仕方ないわ」
「えっ!そのまま授業受けるの?」
蓮見が驚いたように言った。
「くさそう…」
五十嵐が顔をしかめた。
二人の反応に、私は少し傷ついた。
(いや、確かに時間経った牛乳は臭くなるけども。それは知ってるけど!いちご牛乳ならそこまで臭わない…と、思いたい!)
「着替え貸してくれる子いないの?クラスメートに」
蓮見が純粋な気持ちから言っているのは分かっているが、私には若干嫌味に聞こえてしまう。
(いたら苦労しないわ…)
「僕のジャージ貸そうか?」
五十嵐が珍しく優しい提案をした。
「いつ使ったのか覚えてないけど」
「あ、結構です」
私は素早く答えた。
(それは確実に別の意味で臭うやつ)
「ほら」
天城が私の目の前に、何かを差し出した。
「置きジャージ」
しばらく天城の姿が消えたと思っていたが、その隙に着替えを教室に取りに行っていたらしい。私は天城と渡されたジャージを交互に見つめた。
「これ、ちゃんと洗っ…」
「俺が汚れたものをロッカーに入れておくと思うか?」
天城の声色にかなり苛立ちが含まれている。
「だって、五十嵐さんは…」
「コイツと一緒にするな」
「え~。酷いな~」
「俺だって使ったのは置いてかない派よ」
蓮見が、天城の肩を組みながら言った。
「嘘だろ」
「嘘は良くないよ、壮真」
「えっ二人ともひどくない?」
三人で楽しげに遊び始めたところで、私は「ありがとう」と呟き、体育館横にあるシャワー室へと向かった。念入りに洗い流したおかけで、スッキリして授業を受けることが出来た。もちろん授業に遅れてしまったが、理由を知っている先生は何も言わなかった。郡山が私のブカブカのジャージ姿を見て、友達に「何あれ、ダサい」と言っている声だけが聞こえた。藤堂はと言うと、早退したのか、そのあとの授業では全く姿を見せなかった。