幸いなことに、西園寺響子とは一度も顔を合わせることなく、3月がやって来た。友代は私が西園寺の家に来たことを伝えていないのか、いつも通りの学校生活を送っていた。しかし、一つだけ解決していない出来事があった。公園で、また昔の自分を見かけてから、毎日のように私の前に姿を現す、杉崎凛子。道を歩いていても、学校内でも、どこにいても見かけるが、追いかけると霧のようにふっと消えてしまう。そして、決まっていつも悲しそうに笑っていた。
杉崎凛子を見かけるようになって数週間が経った頃、私は妹に相談することにした。
「昔の自分を見る…?」
ホットケーキを食べる手を止めて、まどかが聞いた。
「うん。結構前から」
バターを塗りながら私は答えた。
「だけど、追いかけると消えてしまうし、いつも何も言わないの」
「何度も現れるということは、何か伝えたいことがあるんじゃない?」
まどかがフォークを置いて言った。
完全に摩訶不思議なことを話しているが、真実として受け止めてくれる妹に感謝する。
「昔のお姉さまのことで、何か思い当たることは?」
「なんだろう…」
私は顎に手を当てる。
最初に現れたのが、バレンタインデー。それから毎日のように…
「あ」
思わず声が漏れた。
「何か思い出した?」
「忘れてた。私、杉崎凛子の誕生日」
「え!」
「2月28日は、私の誕生日だったわ」
妹が呆れたようにため息を吐いた。
「そんな大事なことを…」
「それを思い出させる為に一週間前から姿を現し始めた…?」
「きっと、そうよ。お祝いしてあげなきゃ」
それから、まどかは真剣な視線を私に向けた。
「一緒に供養もしてあげましょ」

準備を終えた夕方ごろ、私と妹は喪服に着替えた。クローゼットにあった唯一の黒い服、(それでもかなり短い丈のワンピースだったが)、を着て外に出た。
広い庭に置いてある大きな木製のテーブルに、電気のロウソクを並べた。そして、私が生前に好きだったお酒…は買えなかったので、代わりのノンアルのジュース缶を並べた。そして、ストレスが溜まった時によく食べていたチョコのカップケーキの上に小さなロウソクを灯した。
「友代さんのように立派な仏壇は用意出来ないし、生前の写真もないけど」
隣にいた妹が私の手を握った。
「杉崎凛子、貴女を送り出します。ゆっくり眠って下さい」
それから私は持っていたカップケーキのロウソクを消した。
「誕生日おめでとう」
心はすっきりしたはずなのに、目頭が熱くなり、涙で目がチクチクした。
何度も恨んで悔いた人生だったのに、いざ手放すとなると悲しくてたまらなかった。
隣で妹が握る手に力を込めた。私が一人でないことを証明するかのように。
それから妹もロウソクをふっと消した。
「さようなら、そしてありがとう。杉崎凛子さん」
二人でしばらくの間、星の瞬く夜空を見上げていた。
そしてその日の夜は、妹と手を繋いで眠った。