「お邪魔しまーす!」
蓮見の元気な声がリビングに響いた。
(蓮見!?)
「いらっしゃいませ」
まどかが今しがた入って来た三人を出迎えた。蓮見の後ろから、天城や五十嵐も続いて入って来た。
「あ、まどかちゃん!久しぶり。これ、プレゼント」
「あ…。ありがとうございます」
妹はそれぞれ全員からプレゼントの袋と、大きな花束を渡されている。
「おお!豪華な料理!」
「お腹空いた」
私は何が起きているのか分からないまま、ケーキを持ったまま呆然としていた。
(え、何事?)
「ノンアルのシャンパン持って来た」
「グラスどこ?」
「あ。グラスはここに」
私一人を置いて4人は席に着いている。
(え。この状況がおかしいと思うのは私だけ?)
「お姉さま」
妹に声を掛けられて、私は我に返った。
「白石ちゃんも座って」
シャンパンを開けながら、蓮見が言った。
「あ、乾杯前に食うなって!」
「美味い」
蓮見と五十嵐がいつものやり取りをしている中、私も妹の前に座った。
「みなさん、グラスはありますか?」
蓮見が言った。
「では。まどかちゃん、誕生日おめでとう!」
私もつられてグラスを掲げる。
「おめでとう」
「ありがとうございます」
「これ、本当に美味いね。どこで買ったの?」
「全部、お姉さまが」
「え!マジで?」
「料理出来るんだ」
「意外だな」
「…じゃなくて!」
当たり前のように席に座り、ご飯を食べている三人に目を向けた。
みんなが一斉に私を見た。素が出てしまったのに対し、妹が小さく頭を振って注意を施す。
私はこほんと咳をし、無理やり笑顔を作った。
「みなさんは、なぜこちらへ?」
「パーティーがあると聞いて、やって来ました!」
蓮見が嬉しそうに言った。
「誕生日の準備で忙しいって言ってたから、手伝おうと思って」
のらりと言う五十嵐に思わず、また素で突っ込みそうになる。
「遅っ…くないかしら?」
時計を見ると、9時を回っている。
手伝いに来る気などさらさらなかったのが、丸わかりである。
「久しぶりに、まどかちゃんに会いたかったから」
調子の良いことを蓮見は言っている。
「あ、それケーキ?」
私の目の前にあるケーキを見て、蓮見が聞いた。
「チョコじゃん!」
「チョコだね」と五十嵐。
二人の言葉を無視し、私は一切れだけ取り分けると妹の前に置いた。
「これは何ケーキ?」
妹が聞いた。
「チョコバナナムースケーキよ」
底にクッキー生地を敷き、チョコムースの中にカットしたバナナを入れ込んだケーキだ。甘くなりすぎないように、ピュアココアを上から振りかけて完成させた。
「初めて作ったから、味の保証は出来ないけど…」
「美味い!」
妹からの感想を聞く前に、蓮見が叫んだ。
(あんたが先に食べるんかい!)
「ほんとだ」
「いける」
男子二人もこぞって食べている。私は三人を無視し、妹に顔を向けた。
「本当に美味しいわ」
まどかの満足そうな顔が見られて、一安心だ。
お腹が満たされたら帰ってくれるものだと思っていたが、なぜかゲーム大会が始まった。
蓮見の趣味なのか、テレビゲームではなく、テーブルに広げるタイプの人生ゲームやジェンガ、トランプをやりたがった。
どのタイミングで追い返そうか悩んでいたが、久しぶりに妹が楽しそうに心から笑っているのを見ると、何も言えなくなった。
いつもはうるさい蓮見だが、まどかと楽しく遊んでいる様子を見ると、ありがたいと思ってしまう。まどかも結構、蓮見に懐いている様子だ。
(私じゃ、あの笑顔は引き出せないな)
食べ残しを片づけながらぼんやりとそんなことを思っていると、天城がやって来た。
「手伝う」
「え、いいのに…」
「洗えばいい?」
腕まくりをし、既に山のように皿が積まれているシンクの前に立った。
「え、ええ。ありがとう」
私が残り物をラップで包み、テーブルを拭いている最中にも、天城は無言で皿洗いをしていた。
(なんか異様な光景だと思うのは、私だけ?)
乾いた布巾を棚から取り出し、天城が洗った皿を拭いて行く。
「ふふっ…」
思わず笑いがこぼれてしまった。
「何」
相変わらずの無表情で天城が言った。
「いえ、なんでもないわ」
(あの天城が食器洗いしてるとか)
学校で騒がれている人気者でクールな男子が、腕に泡を付けて食器を洗っている様子など、誰も想像できないだろう。笑いを我慢しようとすればするほど、笑いが込み上げてくる。
「何なの?」
明らかに苛立ちの含まれた声で天城が言った。
「ご、ごめんなさいね。あなたが食器洗いしている姿が…」
本性を知らない三人がいる前で、大爆笑しないように気をつけるのに精いっぱいだった。しかし、抑えようとするほど、笑いが止まらくなってくる。
(ヤバい…)
もはやあまりの面白さに立っていることもままならなくなり、キッチンへ手をついた。
全身が強烈に震えている。一人で笑っている。それさえも可笑しくて堪らない。
「おい、白石」
天城に名前を呼ばれ、顔を上げると。
パシャ。
顔に水をかけられた。
(…は?)
一気に可笑しかった気分が消えた。
「今、水かけ…?」
私の表情がおかしかったのか、天城はふっと笑った。
「ざまあみろ」
「こっ…」
(このくそガキ…!)
私は蛇口から明らかにさっきより多い水を取ると、天城の顔めがけて水を飛ばした。
天城の黒い髪からぽたぽたと水が滴り落ちる。
濡れた前髪の向こうから、鋭い瞳で睨んでくる。
「あら、ごめんあそばせ」
私は「お返し」という風に、濡れた手をひらひらと振った。
「…コイツ」
「何よ」
「あの~。お取込み中悪いんだけど」
私と天城が睨みあっていると、五十嵐がぬっと現れた。
「妹ちゃん、寝ちゃったみたい」
リビングの方へ目を向けると、全力で遊んだのか、まどかはソファーに倒れ込んで眠っていた。
「って、蓮見も寝てるんかいっ」
まどかの隣で大の字で眠っている蓮見を見て、私は思わず小声で突っ込んだ。
私は静かに妹に近づき、揺り起こそうとした。しかし、天城がその手を掴んだ。
「部屋どこ?」
濡れた前髪をかきあげた天城が聞いた。
「上…」
意図が読めないままそう言うと、天城は易々と妹を抱き上げた。
「二階のどこ?」
「登って右の部屋」
二階へと向かう天城の後ろを私はついて行く。
「意外と力あるよね…」
小さく呟いたはずなのに、天城の耳に届いていたようだ。「意外は余計」と返すのが聞こえた。
天城がベッドに優しくまどかを寝かせると、私はその上から布団をかけた。
「ありがとう」
まどかの安らかな寝顔を見ながら、私は小声で言った。
悔しいが、今日この三人が来てくれたことに感謝していた。小学生らしく楽しげにはしゃぐ姿は、自分をいつも押し殺している妹に本当に必要な時間だったと思う。
「思い出に残る誕生日になったわ」
「壮真(そうま)のおかげだな」
私の頭を軽くぽんと叩くと、天城は静かに部屋から出て行った。
寝ぼけている蓮見を半ば引きずるようにして、三人は帰宅した。
その日は、疲れていたせいか、ベッドに入るや否やすぐ眠りについた。