「ありがとう、ございます…。」
莉子は恥ずかしくて俯きながら、司にお礼を行って台所へと急いで踵を返す。

と、今後は手首を掴まえて、
「危ないから、走らない。」
と咎められた。

「すいません…気を付けます。」
今度は慎重にゆっくりと足を運ぶ。

莉子の姿が台所へと消えるまで、司はその後ろ姿を見守っていた。

「莉子ちゃんごめんね。大丈夫だった?」
戻ると麻里子が手を合わせて莉子に謝るから、

「大丈夫です…。」
と言葉少なに言ってお味噌汁の作業に戻る。

莉子は平常心を取り戻しながらも、先程の事を思い出しては、しばらくドキドキが止まらなかった。

学は水が瓶がいっぱいになるまで、何度か水汲みを繰り返す羽目になった。

「莉子ちゃんは料理が得意なんだね。」
チラチラと莉子の事を見ていた学がそう言って近付いて来る。

「得意…と言うか、必要にかられて自然と覚えた事なので…。」
莉子は手を動かしながら学に応える。

「莉子ちゃんの料理楽しみだな。」
頭をサラリと撫ぜられて、莉子はえっ?と思って顔を上げる。

学は会うといつも、莉子を構って困らせる。

司とは兄弟だけど性格はまるで正反対で、遊び人風情が莉子はちょっと苦手だ。

「ねぇ、莉子ちゃんの妹は莉子ちゃんとよく似てるの?」

「亜子ですか?…どうでしょう、子供の頃は2人共母似だと良く言われましたが、8歳の頃の亜子しか知らないので、今は分かりません。」

「ふーん。でも、きっと別嬪さんなんだろうね。」
学は土間の框に腰掛けて、しばらく莉子を構い倒す。

「学兄様!私達は忙しいの。暇な人は向こうに行ってて。」
麻里子がそんな学を咎める。

そのタイミングで、ドカドカドカと、どこからとも無く足音がして司が現れる、

「やべぇ…。」
と、慌てて逃げ出そうとする学の首根っこを掴み、

「暇なら相手になれ。」
と、容赦無く道場へと連れて行く。

麻里子はそれを笑いながら見つめ、
「本当…うちの兄弟はまったく似てないわ。」
と、呟いた。