司はここでもう一つの提案をする。

「実は、これは父の提案なんですが、貴方さえ良ければ、うちの経理部で仕事をしてみませんか?今の会社の倍給金をお支払いします。」
司の申し入れにさすがの正利も目を丸くして、

「えっ⁉︎」
と固まる。
莉子だって始めて聴く話だから驚いて、思わず司の顔を見つめる。

「僕を…ですか?」

たっても見ない話だった。
今の仕事に不満が無いが、いささか手荒い手法が目立ち不安を感じる事があった。それに、下働きから入った手前、給金が低く思った稼ぎを得られてはいなかった。

「我が社は年々規模を拡大し、支店も増え従業員も増えています。しかし、経理を任せられる人材が乏しく人手不足なんです。君の力を是非貸して頂きたいと父が申しておりました。」

「とても素晴らしいお誘いをありがとうございます。
ただ…下積みから入った身です。簡単に今の仕事を辞める事が出来るかどうか…。少し、時間を頂けますか?」

正利の気持ちは最もだ。
奉公として入ったからには、そう易々辞められる訳が無い事を、御曹司という恵まれた立場の司だって分かっているつもりだ。

「もし、貴方にその気があれば、私が出向いて話しを付ける事もいといません。是非、良い返事を待っています。」
直ぐに結論が出る筈もないと、司はとりあえず待つ事にする。

「何故…なぜ何の恩も義理もない僕達に?それほどまでに手を差し伸べて下さるのですか?」
正利が堪らず問う。

「父は兼ねてより貴方のお父上を助けられ無かった事を後悔し、悔やんでおりました。
それに貴方は莉子殿の大切なご家族です。私にとっても大切な人だ。そして何より貴方の実力とその人柄を我々は買っています。」
司の真剣な目に、一つの偽りも無い。

「ありがとうございます。」
正利も莉子も頭を下げて精一杯の御礼をした。