「そうね。今まで気にかけて無かったけど、皆それぞれ好き嫌いがあって我儘だから、こんなバラバラになったのかしら。」 

麻里子が笑いながら、こっそり言う。

「我儘なのは、麻里子だけだろ?俺は食べ盛りだから肉なんだ。兄貴はアレだろ、歳だから…。」

ギロリと司に睨まれ、学は首を縮める。見兼ねた父が、

「…兄弟仲が良いのはいいが…莉子さんが驚いているぞ。ほどほどにしなさい。」

父に嗜められ学はやれやれと言った表情で笑い、司は莉子を心配気にチラリと見てくる。

だから、莉子は小さく首を横に振って微笑み安心させた。

夕飯を食べながら、父がポツリポツリと話し出す。

「森山伯爵には生前何度かお会いした事がある。とても穏やかで、誰とでも分け隔て無くお話をして下さった。惜しい人を亡くしたものだ…。

あの時、アメリカと日本を忙しく行き来していた頃だったから、亡くなった事を知ったのは1年後だったんだ。知っていたら何か力になれたかも知れないと、今となっては悔やまれる…。」


「生前の父をご存知だったのですね…
そう言って頂けるだけでも、とても嬉しいです。」

莉子は少し涙ぐんでいた。

「司も会っている筈だぞ。」
不意に父に言われ、

「えっ⁉︎いつですか?」
と、司は驚き箸を止める。

「ほら高等学校の時、剣道で国体に行っただろう。あの時の指南役が森山伯爵だったんだ。その後ご子息と一緒に練習した筈だ。」

司はそう言われて、昔の記憶を辿っていく。

確か…国体で優勝した時に…指南役の先生が俺に声をかけてきた。あの人が莉子の父親?

その後、道場に招待されてご子息と稽古をしたんだ。
そう思い出すと、あの道場は何処だっただらうと考え込む。

「兄をご存じなのですか?」
莉子が司を見つめて聞いて来る。

「ああ、そう言えば…確かその後に道場に招待されて
稽古に出向いたんだ。確か…名前は…正利君だったか?俺より2歳ほど下だった筈。
今…彼は何処に?」

「兄はある商人の家に奉公に出され…今は番頭補佐をしているようです。」

それには父が食い付き、
「会社の名前は何という?」
と、聞いてくる。

「確か…坂上貿易と言っていたような…すいません。会社の名前には疎くて…。」
莉子は曖昧な返事しか出来ないでいる。

「ああ、あそこか…。坂上貿易はちょっと手荒な話しを聞くが…。」
父は少し、莉子の兄の行く末に不安を覚える。

それは司も同じだったが、莉子に直接伝えるのは酷すぎると、躊躇して無理矢理話しを変える。

「正利君は剣道の腕も良く、性格も明るくハキハキした男だったな…。
大変な下積み生活を送っただろうに…よくその若さで番頭補佐までになったなんて凄い事だ。」

司がそう兄を褒めてくれるから莉子は嬉しく思う。

「兄は働いてお金を貯めたら、いつか私達姉妹を迎えに来てくれると言ってくれました。とても優しい兄です。」
莉子は目に涙を溜めて、直ぐに泣き出してしまいそうだ。

司は父に無言で、もうこれ以上は家族の話しに触れてくれるなと首を振る。

「…ああ、とりあえず我が家でゆっくり養生して下さい。部屋は有り余ってるし、婚約の事も我が家はみんな大歓迎だよ。」

そうして父は手を合わせ、ご馳走様と言って立ち上がった。

「ああ、そうそうあと、この家には司達の母親も居るんだが、麻里子の事件以来ふさぎ込んでいて体調が思わしくないんだ。だが、司の婚約の話しをしたら嬉しそうにしていた。また、折を見て会ってやって欲しい。」

「はい…是非。」

莉子は箸を置いて立ち上がり父を見送る。