「司様とお客様がいらっしゃいました。」
食堂の入口に控えていた女中が襖を開け、莉子達を部屋へと招き入れてくれる。

そこは和と洋が混じり合った不思議な空間で、洋風の大きなテーブルと椅子が、広々とした畳敷きの和室に鎮座していた。

「莉子さん、こっちこっち。」
麻里子が嬉しそうに莉子に手招きをしている。

司の後に続き、緊張の面持ちで部屋に入った莉子をいくらか和ませてくれた。

「父上、こちらが森山莉子さんです。」
司が良く通る落ち着いた声で、莉子を父に紹介する。

真っ正面の椅子に座っている白髪の男性が、わざわざ席を立って莉子の方へ歩み寄って来る。

粗相があってはいけないと、莉子は顔を強張らせながら深くお辞儀をする。

「初めまして。森山莉子と申します。
ご挨拶が遅くなり申し訳ありございません。数日前から御厄介になっております。」

「いやいや、こちらの方こそ愚息が大変申し訳ないことをしました。 
普段は冷静な男なのだが、最近海外から帰って来たばかりで、妹の怪我を知ったのもついこの前だったんです。」
長谷川家のご当主様がわざわざ私に頭を下げてくれる。

「いいえ、…私が、名前を偽り身代わりになる覚悟で来たのです。誰も何も悪くありません…。
悪いのは…東雲家の方です。
大切なお嬢様にお怪我を負わせてしまった事、代わりにお詫びしたいと思います。
大変申し訳ございませんでした。」
莉子は深く頭を下げる。

「莉子、君が責任を負う必要はないんだ。」
司が父との間に割って入って莉子を止める。

「麻里子の件はうやむやにされ裁判も却下られた事で、世の中の身分差別が未だ根強い事が浮き彫りになりました。どうしようも無い憤りを感じているのは私も同じです。

だからといって暴力に訴えるのは間違えだったと、司自身身も痛いほど身に染みた筈です。
その傷が残らない事を深く願っています。」

長谷川家当主が再度頭を下げる。

「傷が残ったとしても気になさらないで下さい。
髪で隠れますし、傷があったくらいが丁度良いのです。」
そう言って、はにかむ莉子を見て、司は胸がえぐれる思いがした。

「司が貴方と婚約したいと言ってきました。
貴方は本当によろしいんですか?
これは愚息の一方的な罪滅ぼしだと思って頂いて構いません。
貴方が嫌なら無理にするべきではないと思います。こんなに素敵なお嬢さんだから、司には勿体無い。」

「父上…その事に関しては口を挟まないで頂きたい。」
すかさず司が父に目くじらを立てる。

「分かった分かった。
いやいやこちらとしては大歓迎です。早く身を固めるべきだと何度言ってきた事か…。
当の本人が仕事人間で、お見合いの一つも行かないから、途方に暮れていたところですよ。さあ、料理が冷めてしまう。」

思っていたよりも優しそうなご当主様だと、莉子は人知れずホッとした。

「お腹が空いたわ、早くお夕飯にしましょうよ。」
莉子は麻里子の隣りの席に付き、司は向かいの席に座る。その隣りにやたらニコニコと笑顔を向けてくる男がいるの事に莉子が気付き、軽く頭を下げる。