「今朝、私宛に手紙が届いたの。宛先も名前も書かれていなかったわ。」
不機嫌そうにクシャクシャになった一枚の手紙を渡される。

莉子は恐る恐るそれを取りそっと開いて読んでみる。

『拝啓 東雲紀香 様

この度、我が主人が貴方に直接お会いして、先日不起訴になった事件について、問い正したい義があると申しております。
急な事ではありますが、本日午後、女学校が終わる時間に貴方のみお迎えに伺いたいと思います。

正門から見える公園の入口にてお待ち下さいませ。

しかしながら、全て秘密裏に動くよう主人からいい使っております。貴方様にとっても、この事は公にしない方が身の為だと存じますので、ご内密にお願い致します。』


まるで果し状のような手紙だと、莉子は思う。

先日不起訴になった件とは?

詳しい内容は分からないが、何か紀香が他人様に迷惑をかけてしまったのだろうと容易に推測出来た。

「分かりました。放課後、紀香様の身代わりとなってこちらの手紙の主に会いに行って参ります。」

莉子が頭を下げてそう言うと、女中の1人から女学生の出立ちである矢絣の小袖と、海老茶袴を一式渡される。それを受け取り部屋を後にする。

ついにお役目ごめんかしら。
莉子は他人事のようにそう思う。

果し状のようなその手紙には、只事ならぬ怒りが滲み出ていた。紀香の代わりに死ぬのはいささか不服だけれど、もうこの世に未練は無い。

1つだけ…大きくなった妹に会いたかったなと思うけど…。

この6年間生きてきても楽しい事なんて一つも無かった。生きる意味さえ分からず、いつからか笑う事も泣く事も忘れてしまった。

莉子の心は空っぽだった。既に良し悪しを見極める意志も無い。