莉子は当たり前のように食器の片付けを始めるから、司はその手を取って半ば強引に引っ張って行く。

「あ、あの…お片付けが…。」
 
それでも握られた手首の力は緩まる事がなく、仕方なく着いて行くしかない。

「片付けは女中の仕事だ。君は俺の世話係だろ?」
司に引っ張られて連れて行かれた部屋には、箪笥が沢山置かれていた。

「ここは支度部屋だ。俺はほぼこの部屋で着替えをする。どこに何が入っているのか、後で千代から聞いてくれ。ちなみに隣の部屋が麻里子の支度部屋だ。」

1人1人にこんなに衣装があるの⁉︎
莉子は思わず目を見開き驚く。

「その日着る背広は好きに選んでくれたら良い。
俺は特にこだわりも無い。 
少し身なりを整えて来るから、好きにネクタイを選んでおいてくれ。」

そう言い残して部屋から出て行ってしまうから、後に残された莉子は、恐々箪笥の中身を確認する。

背広とはこんなにも色々な種類があるんだと、衣紋掛けの扉を開いてびっくりする。

黒と言っても光沢のある物ない物、襟の大きさや丈の長さ、幼き頃、好奇心で父の衣装部屋に入った事があったが、これ程までに種類があっただろうか…。

驚きながらも、仕事をしなければと今日の司のネクタイを見立てみる。

今朝の司は白いワイシャツに、シンプルな紺のズボンを履いていた。背広は既に衣紋掛けにかけてあるから、後必要なのはネクタイにハンカチ…コートに帽子だろうか…。

いろいろ聞きたいのに、千代さんはやって来ない。

悩みながらネクタイと同じ色のハンカチを揃え、お財布や時計など持ち物が並べられているトレーに並べてみる。

今まで男性の衣装を見立てた事など無いし、作法も知らない莉子だから、何か粗相があってはいけないとソワソワしてしまう。

そこにスーッと襖が開いて、司が身なりを整え戻って来たから、慌て正座をして頭を下げる。

「そう言う…かしこまったのは要らない。俺に頭も下げなくて良い。」
司はそう言い、莉子が選んだネクタイを取りサッサと自分で結んでしまう。

それを手品でも見ているような不思議な顔で莉子が見つめる。

「どうした、何か質問でも?」
よっぽどポカンと見ていたのか、司が怪訝な顔で聞いてくる。

「あの…ネクタイを結ぶところを初めて見ました。そのように結ぶのですね。」

莉子の好奇心が目を出して、よく澄んだ大きな瞳で見つめられるから、司は少し動揺を隠しながら、もう一度外してゆっくりと締め直す。

「まるで手品のようですね。」
そう言う莉子は子供のように、無邪気な顔で感動している。

司は、本来の彼女の姿を垣間見たような気がした。

「やってみるか?」
時間も無いのに新しいネクタイを取り出して、莉子の首にかけ結び方を教えてやる。

だけど、思いのほか自分に結ぶのと他人に結ぶのとでは、違うという事に気付く。

莉子の後ろに回って熱心にネクタイの締め方を伝授する。

「他人によってはもっと簡単な縛り方をする人もいるが、俺はこの方が長さが丁度良いから好きなんだ。」

2人かなり接近している事にも気付かず、ああだこうだと教え込んでいた。