その答えを持って千代が部屋に夕方訪れる。

「長谷川家には私の他に6人ほど女中がおりまして、皆それぞれに役割分担が決まっております。広いお屋敷ですが、手は足りているようです。
ですが、どうしてもと言うようなら花嫁修行のような形で、麻里子様にご指導頂けますか?」

莉子は驚き戸惑う。

「麻里子様にはご結婚のご予定が?」

まだ、女学校に通っている麻里子様でも既に許嫁がいるのかもしれない。

「実は卒業後に嫁ぐ事が決まっていたのですが、お怪我をされて足の具合がなかなか戻らず、将来を気にされた相手側から破談になってしまったのです。

それもあってしばらく麻里子様も塞ぎがちなのですが…花嫁修行を再開して欲しいとお母上からのご希望でもあるのです。身体を動かす事は足の訓練にもなるとおっしゃっております。」

莉子は思う。
お怪我のせいで破談になってしまったなんて、なんて紀香様は罪深い事をしてしまったんだと…。

それなのに…
他人の人生を変えてしまうほどの怪我をさせておいて、全く意図関せず自分は変わらず優雅に過ごしている。
貴族だからと法的処置も免れて…。

司様がお怒りはなるのはごもっともだ。

そんな麻里子様のお力になれるのならば何でもしたいが……。でも、私にそんな大役が務まるのだろうかと心配になる。

東雲家に来てから6年間、見様見真似で家事の全ては女中と共にこなしてきたが、ちゃんと教えてもらった事は無く、はたしてそんな知識で良いのだろうか…。

「私にそんな大役が務まるでしょうか?
家事をちゃんと学んだ事がありませんし、見様見真似で今までやって来ましたので…。」
自信なくそう答える。

そんな莉子を励ますように千代は、
「実は、これは仲居頭からの提案でして、そのようにすれば司様も駄目とは言え無いのではと言う事です。」

なるほど…と莉子も納得する。

「分かりました。
では…麻里子様を誘ってみますが、無理強いは出来ませんので…。」

莉子は控えめにそう伝えた。


丁度そんな話しの最中に麻里子が学校から帰ってきた。

「ただいま帰りました。百合子さん、千代さん。」
既に莉子の事を麻里子も『百合子』と言う名で定着していた。

「麻里子様、お帰りなさいませ。」

「お帰りなさいませ、麻里子さま。」
2人はにこやかに挨拶を交わす。