今、脈をとられるなんて恥ずかしすぎる、こんなに心臓がドキドキしてるのに…。

莉子はそう思い、サッと手を引き目を伏せる。

「司様、突然女子に触れてはなりません。百合子様が怖がっていらっしゃいますよ。」

本気で莉子の事を百合子と呼ぶ事に決めたらしい千代が、司を咎める。

「俺は、ただ…脈を確認しようと思っただけだ。」

慌てて言い訳をする司がなんだか可愛く見えてしまい、千代はふふっと笑ってしまう。

「何がおかしい…。」

不機嫌さを残しながら、司はそう千代に言う。

「いえ、すいません。なんだか嬉しくて。」

元々、男女の事にはとりわけ疎い司だから、千代のその態度が何なのかなんてまったく気が付いていない。

「夕食になさいますか?」

「いや、今夜は接待があるから直ぐに出かける。」

「まぁ、お忙しいのにわざわざ一旦お戻りに?」
千代は驚きを隠せない。

司は大学を卒業して以来ずっと海外に赴任していた。3年間、営業部の最前線で基礎から学んで働いてきた。

だから日本に帰って来たのは今年に入ってからだ。

身体が弱い母親に変わり、乳母として子供の頃から支えて来た千代にとって、司が時期当主として立派に成長した事を喜ぶ反面、もう手の届かない所に巣立ってしまったとんだと寂しさを感じていた。

日本に戻って来てからも何かと忙しく、朝から晩まで休日なんて無いほど働きっぱなしの毎日だ。

そんな司が彼女を気遣い心配し、バナナを届ける為だけにわざわざ帰って来たのだ。

怪我を負わせてしまった責任感も、もちろんあるのかもしれないが、それだけでは無い何かを感じてしまわずにはいられない。

春が来るかもしれないわ。
千代は密かにそう思い嬉しさを隠せないでいた。