「まったく…。麻里子のお喋りに付き合っていたら、あっという間に日が暮れる。」
司は呆れたようにそう言って、麻里子を部屋から追い出すように女中を呼ぶ。

「麻里子の着替えを手伝ってやってくれ。」

かしこまりましたと、若い女中が頭を下げて麻里子を介助しながら去っていった。

「あいつは昔から、遠慮といものを知らない。」
後ろ姿を見送りながら司が大きく息を吐く。

「お帰りなさいませ。」
それを微笑み見守りながら、千代が司の荷物を預かる。

「あらバナナですか?」
カバンと共に渡された紙袋を見て千代が驚く。

「ああ、彼女に食べさせてあげてくれ。残ったらみんなで食べるといい。」
司はぶっきらぼうにそう言うが、優しさが見え隠れする。

その足で莉子の側に胡座をかいて座るから、莉子は尚更緊張して、

「…お帰りなさいませ。」
と頭を下げる。

「ただいま…。
俺はお前に怪我を負わせた男だ。わざわざ頭を下げなくていい。布団に入って寝ていてくれ。」

そう言って、早々布団で寝かされてしまう。

先程までの穏やかな空気が一気に引き締まった気がして、莉子は寝ながら小さく身を縮める。

「熱はどうだ?昼はちゃんと食べたか?」
司がネクタイを緩めながら聞いてくる。

「…大丈夫です。」

「君の大丈夫は信用出来ない。」

不意に額に大きな手が置かれ、莉子は固まる。
あげく、心臓がドキドキなり始めるから自分でもどうして良いか分からない。

生まれてこのかた男性には免疫が無い。
それなのに、ずっとこの人に看病されていたんだと思うと恥ずかしくなってしまう。

そんな莉子の心なんて知るはずも無い司は、

「まだ少し熱いな。」
と呟き、今度は莉子の腕を取り脈を測り始めるから堪らない。