「だけど、それじゃあ、貴方の事をなんてお呼びしたら良いんですか?」

これまで静かに話を聞いていた千代さんも、
「そうなんです。私もずっと困っていたんですよ。」
と、途端に会話に入ってくる。

2人からの期待の目にたじたじになってしまう。

「あの…好きに呼んで頂ければ…幸いです。」
と、私は困り果ててそう返事をした。

「それは…困りましたね、麻里子様。
どうしましょう。」

「私がお名前を当てて差し上げます。
えーと…年も私とそう変わらなそうだから……。
幸子さん?」

そこからしばらくいろいろな名前を言われて、違いますと否定する時間が続いた。

「もしかしたら…つるとか、かめとかありきたりな名前かもしれませんよ。」

千代さんがそんな事を言い出すから、思わずふふふと笑ってしまう。

麻里子様もそれには大笑いして、
「今時、そんな名前の人は少ないわ。江戸時代じゃないんだから。」
と言う。

「あら、失礼な。私の年くらいでは、縁起の良い名前として重宝されたんですよ。」
千代さんが抗議し出す。

「だから、年配の方には梅や松とか多いのね。
縁起担ぎで名前が付けられていたなんて。」

笑いのツボに入ったのか、麻里子様の笑いはしばらく止まらなかった。

「最近は、子が付くお名前が多いですね。」
千代さんはそんな麻里子様にはお構いなしで話しを続ける。

「花子や咲子…千代子もありますよね。」
それを聞いて麻里子様はまた大笑いする。

「千代さんもこのさえ改名して、千代子にしたらどうかしら?とても可愛いらしい名前だわ。」

ケラケラ笑う麻里子様を、私は眩しく思い見つめていた。

ひとしきり笑った後、麻里子様は気を取り直して、
「そうね。貴方はきっと優しいお名前が似合うと思うわ。例えば…靖子、優子、芳子とか…今言った中でお名前はある?」

いつしか敬語も取れていて、私にたいしても気さくな雰囲気で話しかけてくれるようになった。

彼女に釣られてつい笑顔になってしまう。

「いえ。多分私の名を当てる事は難しいかと…。」
苦笑いしてそう伝える。

莉子と書いてまりこと読む人はいるかもしれないが、りこと読む事はまず無いと思う。

この名は、漢詩や和歌をこよなく愛した祖父が付けてくれた。
西洋の花の名からとった文字でその香りはとても落ち着く良い香りだと聞いた。

だから、ありがたい事にこの謎解きは永遠に続くだろう。

「もう…百合子さんにしましょ。貴方には百合子さんが1番合うわ。」

しばらく頑張って名前当てをしていた麻里子様は、ついに諦めてそう言ってくる。

「百合子様…可憐で素敵なお名前ですね。本当しっくり来ますね。」
千代さんも賛同する。

「はい…それで結構です。」
私も気に入り微笑むと、嬉しそうに麻里子様は

「百合子さんに決まりね!」
麻里子様は大役を成し遂げたような満面の笑顔で満足そうだ。

「でも、なぜ百合子なんですか?」
不思議に思ってそう尋ねると、

「私が将来女の子を産んだ時に付けたい名前なの。女の子らしくて、可憐で素敵な名前でしょ?」

「そうですね。彼女にとてもお似合いです。」
千代さんも納得したように微笑んでいる。