甲板に立てば、
眼下には果てしなく続く大海原がキラキラと輝いている。

「結婚式もまだなのに…仕事絡みの旅行に連れ出して、申し訳ない。」
司は潮風を遮るように隣に並び立ち、申し訳なそうに莉子に言う。

「私は司さんと一緒に居られれば、それ以上は何も望みません。」

にこりと笑う莉子の笑顔が眩しくて、司はその笑顔を見るたび、人知れずドキンと心臓を高鳴らせる。

「現地に着くまで3週間はかかる。その間のんびり新婚旅行のつもりで楽しもう。」
莉子の肩を抱き寄せ、なびく髪を耳にかけてくれる。

「はい、楽しみです。」

そして司はひと呼吸おいて、決心したかのようにポケットから一枚の封筒を取り出す。

「これ、遅くなったが…手紙の返事を書いた。」

ぶっきらぼうに手渡された1通の封筒を見つめ、莉子は目を瞬いていた。

あの手紙の返事が来るなんて、思ってもいなかった。何度も司と手紙を交互に見て、事の重大さに気付く。

忙しい毎日の中で、きっと忘れ去ってしまう小さな出来事だった手紙にも関わらず忘れず、この人はずっと考え、思い、頭を悩ませ綴ってくれたんだと…。

そう思うだけで胸がいっぱいになる。

「後で読んでくれ。
…それについての返答は要らない。」

司としては、自分の気持ちを全て書き連ねたその手紙を、莉子が読むと思うだけで小っ恥ずかしくて、居ても立っても居られない状況なのだ。

「ありがとうございます。大切に読ませて頂きます。」

「いや、大切になんてしなくて良い。読んだらさっさと破り捨てて欲しいくらいだ。」

司はそう気持ちを露とする。

ふふふっと莉子が笑う。それに釣られて司も笑顔になる。

ボゥー ボゥー ボゥー


汽笛が出航の合図を示し、小さくなって行く見送りの人々に手を振る。

明日は何が怒るか分からない。
だけど今、こうして彼の横にいられる幸せに感謝して1日1日を大切に生きて行こう。

いろいろな思いを胸に新たなる世界に向かって…



                     fin.