階段を一段飛ばしで登りきり、煙のまだ回っていない部屋まで莉子を担いだままひた走る。

1番奥の部屋まで辿り着き、ドアを蹴り破り中に入る。

ゲストルームのようなその部屋には幸運にもバルコニーが付いていた。

とりあえず側のソファに莉子をそっと下ろす。
「大丈夫だったか?」
電気も付かない暗がりで、月の光だけが頼りだ。

「は、はい…。大丈夫です…。司さんは?どこか怪我とかしてませんか⁉︎」

「俺は平気だ、足見せて。」
口早にそう言って、莉子の足首を探る。

「…イタッ…」
手で探っただけでも足首の辺りが腫れているのが分かる。

「結構腫れてるな…骨折していないと良いが…。」
とりあえず、近くのベッドカバーを手で引きちぎって患部を縛り固定する。

莉子は先程から怖さのせいか、寒さのせいか分からないがカタカタと小刻みに震えている。

「もう大丈夫だ、俺が必ず助け出す。」
ぎゅっと抱きしめ背中をさすり落ち着かせる。

莉子も司に抱きついて泣きながらも、何とか気持ちを整えようと深呼吸を何度もする。

そうしていると少し気持ちが落ち着いて来て、今の状況が理解し始める。

「…司さん…ここ、2階ですよね?…どうやって外に出るんですか?」
至近距離で司を見つめる。

その瞳は濡れそぼり、月の灯りに照らされて妙に綺麗に輝いて見えるから、瞬間、司は見惚れてしまう。

「…司さん?」

「ああ、ここは二階だ。莉子を探しに玄関先に行った時、数名の覆面を付けた奴らを見た。
これは放火だ。しかも計画的で犯人は数名いる。奴らはホールの方に火種を持って走って行った。一階は至る所に火が放たれているはずだ。」

司は自分自身の頭を整理するように、客観的に話しをする。

「あのまま一階にいては逃げ場を失い、煙にまかれて息が出来なくなると判断したから2階に来た。」

「でも…どうやって下に降りるんですか?」

「この部屋には運良くバルコニーがある。カーテンを綱代わりに使って下に降りよう。」

そう言うや否や、司は直ぐに行動に移る。

一刻も早くこの場を出なくては、火が回ってくれば床が抜ける。犯人が2階に登って来る可能性だってある。

司はカーテンを力一杯引っ張り外し、バルコニーの柱にくくり付けると、莉子の元へ戻り素早く背中に背負おうとする。

すると、莉子が首をブルブルと横に振る。

「…司さん、私は、足手まといになります。ここに置いて行ってください。」

「バカな事を言うな。莉子を置いてなんて行けるはずがない!」
揺るがない強い意志で却下される。

「でも…貴方は大事な長谷川家の跡取りです。貴方だけは何がなんでも生き延びなければ、私は、大丈夫ですから。とりあえず、先に1人で下に逃げて下さい。」

「莉子を置いてなんて行ける訳がない。頼むから背中に捕まってくれ。莉子を連れて降りる自信はある。大丈夫だ。」

それでも、莉子は首を縦には振らない。

そうだった…彼女は土壇場になると、やたらと頑なで譲らない強い意志があった。

初めて出会ったあの頃の、身代わりとなって命を捧げようとまでした強い意志を持った目だ。 

司は不意に微笑む。

「莉子が死んだら俺も生きては行けない。
死ぬのなら、今一緒に煙にまかれて死ぬか、2階から一緒に落ちて死ぬか、その2択しかない。どっちがいい?」

「どちらもダメです。司さんは生き延びなければ…。」

「分かってくれ。莉子を失ったら俺は死んだも同然なんだ。ならば一緒に生きるしかない。
仕方ないこれ以上は時間が無い。後で何度だって怒られる覚悟だ。」

そう言って、嫌がる莉子を無理矢理背負い、自らの身体にそこにあるベッドのシーツで莉子の身体を括り付けてしまう。

「司さん!これでは重くてカーテンが敗れてしまいます!それでなくとも…司さんの手が2人分の重さに耐えられない…。」
莉子は司の背中で泣き始める。

「何言ってるんだ?
君の旦那はそんなにヤワじゃない。往生際だって悪いし、手に入れたい物は必ず手に入れる。面倒くさい男だ。これしきの事でやっと手に入れた大事な妻を見捨てる男じゃない。」

いつの間にか外に出て、バルコニーをまたぎカーテンにぶら下がる。

「怖かったら目をつぶって10数えていろ。その間に、下に降りてみせる。」
司はいつだって自信に満ち溢れていた。

それは毎日鍛えてきた身体と精神と忍耐の賜物だ。

莉子はもはや言われた通り、目をぎゅっと瞑って10数えるしかない。

「1、2、3…」
身を天に任せるしがなくて、神様なんていないと思っていたけれど…最後は母や父に祈る。

(どうか、司さんだけでも助かりますように…)