「申し訳ないが、私の妻に何の用ですか?」
低い声が後ろから聞こえ、清貴が怯み掴んでいる腕が少し緩む。

グイッと手を引かれたかと思うと、気付けば司の腕の中、守られるように抱きしめられていて、ドキンと心拍が脈を打つ。

「…お前は誰だ?莉子は俺のだ、返してもらう。」

「お前は…東雲清貴か?」
瞬時に気付き、莉子を自分の背に隠す。

「お前か、勝手に俺から莉子を掻っ攫ったのは?」
清貴の目は狂気に歪んでいる。

「人聞きが悪い。ちゃんと正式に婚約し、結婚をしました。知らなかったのは貴方だけだ。ここでは目が付く廊下に出よう。」

司は場の状況を冷静に把握して、莉子を守りながら男を廊下へと促す。

「結婚しただと?一介の商人ごときが!俺から莉子を奪いやがって。」

今にも司に殴りかかりそうな気配だ。

莉子は泣きそうになりながらも、どうにかこの場を納めなければと、

「おやめ下さい、清貴様。私の夫を傷つけないで。」

司を守るように2人の間に入る。

「莉子、危ない…。」
司は慌てて莉子を抱きしめ、逞しいその腕で莉子を守る。

「莉子…こんな奴を庇うなんて、誑かされたのか⁉︎」
清貴の怒りは莉子に向けられる。

「清貴…何をしているんだ!」
そこへカツカツと東雲公爵がやって来て、秘書らしき男が清貴は、はがいじめにされて玄関へと引っ張られていく。

「これは、どう言う事ですか?東雲公爵、話しが違う。」
低い声で明らかに怒っている司の声を、莉子は抱きしめられながら頭上で聞き、血の気が引く。

「うちの愚息が申し訳け、ございません。」
頭を深く下げたのは、東雲公爵本人だった。

あの…いつだって高飛車なおじ様が頭を下げている…。
莉子は信じられない気持ちでそれを見ていた。

「金輪際、莉子の前には顔を出すなと話した筈です。こちらとしては裁判にしても構わない。この場は納めますが、後日話し合いをしましょう。」
冷酷だと言われるその眼差しで、東雲公爵を睨み付け、莉子を連れてその場を離れる。

人気の少ないバルコニーへ莉子を連れ出す。

怒りで熱くなった司の気持ちを冷ますには、丁度良い涼しさだ。

「ごめん…莉子に怒っている訳では無い。嫌な思いをさせて悪かった。大丈夫か?」
莉子を怖がらせてしまったと、司は恐る恐る莉子を見る。

「だ、大丈夫です…驚いた、だけで…叔父様が誰かに頭を下げている所を初めて見ました。」

先程の光景が目に焼き付いて、莉子は恐れを忘れて信じられない顔をして司を見上げる。

「一泡食わせてやれたか?」

意図的ではなかったが、結果として商人が貴族を打ち負かしたのだから、フッと笑って司は清々しい気持ちになる。

「腕は大丈夫か?あの男、莉子に勝手に触れやがって。」
莉子の掴まれた白い細腕には、くっきりと赤く握られた跡が残っていた。

「大丈夫です。助けてくださりありがとうございます。」
莉子はその腕をさすって、なんとも無いと微笑んで見せる。

司はズキンと心を痛ませ、そっと莉子を抱きしめる。

「2度と姿を表すなと念書まで書かせたのに…。こんな事になるなんて、今度こそ裁判に訴えてやる。」
彼らに対しての怒りは消える事はない。

「でも私、凄くすっきりした気分です。もう、彼等に怯えなくていいんだって思えたから。司さんの側に居たら一生無敵ですね。」

腕の中から見上げてくる莉子の澄んだ瞳に、怒りの気持ちが吸い取られて行くように、司の心も穏やかに戻る。

司はフッと笑って、莉子の額に口付けを落とす。

「せっかく来たんだから、踊ろうか。」
そう言って、スッと離れたかと思うと、片膝をついて手を差し伸べてくる。

それはまるで、西洋のおとぎ話に出てくる王子様のようで、周りにいる淑女や紳士達もその光景に目を見張る。

「喜んで。」
莉子は夢のようなその風景に、気後れしそうになりながら懸命にその手を握る。

そしてダンスホールへと導かれる。

そんな2人に合わせるようにして、流れていた音楽が終わり、人が入れ替わるタイミングになる。