司とて、今日は出来るだけ莉子の側にいようと思っていたのだから、突然引き離されて心穏やかでは無い。

強いて言えばもう仕事の話し所では無く、姿が見えなくなった莉子の事ばかり気になってしまうのだ。

「すいませんが、今夜は仕事の話しはここら辺にしましょう。また、詳しい話し合いは後日と言う事で、晩餐会を楽しみましょう。」

そう言って、自ら仕事の話しを断ち切りそそくさと席を立つ。

これまでの司は、仕事絡みじゃなければこのようなパーティには出なかったし、沢山の人の集まりはあまり好きでは無かったのにだ。

その様子を見たウィリアムズが笑う。

「君はいつからそんな男に変わったんだ?以前は仕事の鬼だったじゃないか。
それほど新妻が恋しいとは…恐れ入ったよ。」

ウィリアムズに弄られていささか面白く無いが、司にとっての1番は今や莉子なのだから仕方がない。

『うちの妻は美しいので、1人にすると変な虫がついて大変なんです。愛妻家の貴方なら良く分かるはずです。』

司は恥ずかしげも無く、英語でそう捲し立て貴賓室を後にする。


ホールに一歩足を踏み入れれば、大きなシャンデリアが天井を飾り、生演奏を奏でるオーケストラの音楽に、机に所狭しと並び豪華な食事の数々が目に入る。

煌びやかな衣装を着た男女が仲良く手を取り合ってワルツを踊っている風景は、まるで西洋の壁画のようだと莉子は目を凝らして見つめていた。

人々は今宵の宴を楽しみ、それぞれ思い思いに集まってワイワイガヤガヤと活気に満ちている。

「莉子さんはワインは飲めて?」
岸森夫人は気さくに話しかけてくる。

「いえ…まだ、一度もお酒は飲んだ事が無くて…主人から外では飲まないようにと言われてます。」

「あら、なんて過保護なのかしら。よっぽど大事にされているのね、羨ましいわ。」
そう言って、岸森夫人はオレンジジュースを渡してくれる。

それから、これはローストビーフにグラタンに…と机の上のメニューを紹介してくれて、ウィリアムズ夫人と共に紹介されて、味見程度にいろいろと食べて回る。

さすが一流シェフが作る料理は物珍しくて、美味しくて、夢中になって話しを聞いてしまっていた。

「これはどのように作るのですか?」
莉子はつい、近くにいたシェフに聞いてしまう。

「莉子様はお料理が趣味なのね。詳しいレシピをシェフに書いてもらうから、後で渡してあげるわ。」

趣味と言うか…日常生活で大切な自分の仕事なのだが。
きっと女中を何十人、何百人と雇っている婦人達には合わない話しだろうと、口をつぐみかすかに微笑むだけにする。