「学校⁉︎」
寝耳に水の正利はびっくりしてステップが乱れ、もう少しで莉子の足を踏みそうになる。

「どうやら医療関係の仕事に就きたいみたいで…学費の事を心配して、きっとお兄様に言い出せないんです。」

最近、巷に流行りの職業婦人とやらになりたいのか?
正利は近くで若旦那と踊っている亜子の様子をそっと見る。

「看護婦か?」
莉子に話しかけてくる。

「ちゃんとは聞いてないのですが、ちゃんと資格を取って働きたいみたいです。」

「一度亜子と話してみるよ。」
まだまだ亜子は14歳だ。この先望めば何にだってなれる無限の可能がある。妹の将来に小さな希望をみいだしながら兄と姉の瞳は輝く。

曲が終わり正利は莉子を連れて、壁際に寄りかかりこちらをじっと見ている司に歩み寄る。

まるで置いて行かれた子供みたいに、不貞腐れた風情の司がなんだか可愛く見えてしまう。

「すいません、莉子をお借りして。
もう2度と叶えてやれないと思っていた夢を、叶えて下さりありがとうございました。」
正利が司に頭を下げる。

「夢…だったのか?」
司は初めて聞く話に少し戸惑いながら、姿勢を起こし莉子に問いかける。

「…はい。女学校へ通っていた頃…舞踏会に招かれるのは憧れでもありましたから。」

恥ずかしそうに莉子は歯に噛む。

「そうか、負担でしか無いのではと心配したが…良かった。」
司は微笑む。

「正利君も晩餐会は参加するのだろう?本番でも、莉子と踊ってやってくれ。」

司は自分だけが独占欲に支配されていた事に、若干の後ろめたさを感じてしまう。

「いえ、僕の夢はすでに叶いましたから。後は、支店長に…いえ、司さんに託します。」

正利は嬉しそうに微笑み、司の手を取って繋いでいた莉子の手をその手に重ねる。

司はその華奢な手を大事そうに握り締め、莉子を自分のよこに引き寄せ、ゆっくりと深いお辞儀をする。

「一生大切にします。」
まるで花嫁の父に言うような言葉を、司が言うから莉子は驚きそして微笑む。

しばらくの間、玄関ホールには幸せな時間が流れた。