玄関ホールにみんなで移動して、蓄音機にレコードを乗せる。

軽快なワルツの音楽が流れれば、たちまちダンスホールに様変わりした。

若旦那の指示のもと、亜子と若旦那、麻里子と正利でベアを組む。慣れない者同士お互い少しの気恥ずかしさと、気まずさで緊張感が生まれる。

莉子もまた、この1週間の気まずさと先程の久しぶりの触れ合いを思い出して、どうしても司を前にすると、心臓がドキドキと高鳴ってしまう。

亜子と若旦那が音楽に合わせて踊り出す。
その後を麻里子にリードされ正利もたじたじと踊り出す。

その様子を司は笑顔浮かべてしばらく見守っている。莉子はそんな司をそっと盗み見て、今夜は踊る気が無いのかもと肩を落としていた。

「麻里子の足…大丈夫みたいだな…。」
司の呟きを聞いて莉子はハッとして麻里子の足を見る。

数ヶ月までは引きずるようにして歩いていた麻里子が、今は軽やかにステップを踏んで何不自由無く踊っている。

「本当ですね!」
莉子はその姿を見て、小さく拍手をしてしまうほど嬉しかった。

「全部、莉子のお陰だ、ありがとう。」

司が向かい合い、満面の笑みで笑いかけて手を差し出してくる。莉子は反射的にその手に手を乗せてしまうが、アッと思い見上げる。

「我々も踊ろう。」

「お疲れ…なのでは?」
先程の麻里子とのやり取りを思い出し、乗り気で無いのではと顔色を伺う。

「いや、大丈夫だ。
ただ…麻里子の戦略に乗りたく無いなと足掻いただけで、莉子とは約束したから踊りたいと思っていた。」

「麻里子さんの…戦略?」
不思議に思いながらも、司に導かれるまま向き合い、ワルツの姿勢を整える。

「今まであいつと出た晩餐会で誰とも踊った事がなかったから、俺が本当に踊れるのか疑ってるんだきっと。」

麻里子を顎で指し、司は怪訝な目を向ける。
そんな司を麻里子は踊りながらニヤッと笑い挑発的だ。

「…あまり踊るのが好きではないのですか?」
もしかして、私の為に付き合ってくれているのかもしれたいと莉子は思い、司からそっと離れようとする。

司はそんな莉子の腰に手を回し、ぎゅっと抱きしめるように引き寄せる。

びっくり顔の莉子に笑いかけ、
「莉子と踊るのは嫌いじゃない、むしろ楽しい。
ただ今までは、知らない人に愛想を振り撒いて、踊る奴らの気が知れないと思っていたんだ。」

つい莉子はそんな司を想像して、ふふふっと笑う。

背が高く見目の良い司だから、きっと晩餐会に出向いて笑顔を振り撒けば、誰もが目を輝かせて一緒に踊りたいと、たちまち令嬢達に取り囲まれてしまうだろう。

だけど当の本人は、きっといつもの仏頂面でそんな踊りに興じる人々を、冷めた目で睨んでいたのかもしれない。

「司さんらしいです。」

「どう言う意味だ?」
踊り出しながら司が怪訝な顔で莉子に問いかける。

「いえ、晩餐会に呼ばれても踊らず、帰られる司さんを想像してしまいました。」
クスクスと笑い続ける莉子に釣られて、司もハハッと笑い出す。

「きっと周りから見たら、あいつ何しにきたんだって思われていただろうな。」

司自身もその頃の自分を省みて、あの頃莉子に出会っていたら、きっと違っていただろうと想像する。

「もっと早く莉子に出会っていたら、もう少しマシな男だったかもしれないが…申し訳ないな。」

愛想の無い武骨な自分に莉子は勿体無いと思うところがある為、ついそう言ってしまう。

「何故ですか?司さんはとても…素敵だと思います。」
そんな事ないと否定したのだが、まるで告白めいた事を口走ってしまった事に気付き、莉子は真っ赤になって俯く。

司はそんな莉子を愛しく思い、踊りながらフワッと抱きしめる。

「莉子とはいつでも喜んで踊るよ。」
司にクルリと回転させられて、莉子は慌ててステップをなんとか踏んで着いて行く。

やっぱり、司さんとのダンスはすごく楽しい。

莉子はそう思いながら、振り回されつつも絶対的な安心感でいつの間にか笑顔が溢れる。

あっという間に音楽が終わりを告げ、作法通りに頭を下げて挨拶をする。莉子はもっと踊りたいと物足りなさを感じてしまう。