商店街までは直ぐに到着する。

「俺は、近くで時間を潰しているから2人で行ってくるといい。荷物が多かったり重い物があったら店に預付けて置いてくれ。後から取りに行くから。」
司が車のキーを莉子に渡す。

「はい…、ありがとうございます。」

司と別れ莉子と亜子はいろいろなお店を覗きながら、買い物をして行く。

「亜子は何が食べたい物はある?」

「私は…何でも構いません。」

未だ言葉少ない亜子だから、あまり多くは話してくれない。心の中もなかなか見せてはくれないし、姉である莉子に寄りかかる事もしてくれない。

「子供の頃、カレイの煮魚好きだったよね。後、煮豆や豚汁にかぼちゃの煮物、好みは私と良く似てるよね。」
あえて明るく話しかけてみる。

「はい…。」
と亜子は答えるのみ。

莉子は少しの寂しさを感じながら、この6年を考えれば仕方がない事だと思い直す。莉子でさえ、司と出会ったばかりの頃は心が疲弊して、死ぬ事ばかりを考えていたから…気持ちはよく分かる。

少しずつでもその凍ってしまった心を、溶かしてあげられたらと思う。

「お姉様は…あの人と結婚して…幸せですか?」

魚屋で魚を覗いていた時に、突然亜子がそう聞いてくる。

「幸せよ。とても良くしてくれるの。」
莉子はフワッと笑いながらそう応える。

「でも…政略結婚ですよね。」

「政略結婚だとしても…こうやってお休みの日は車を出してくれるし、私、魚を捌くのが苦手だから、魚だって代わりに捌いてくれるわ。こんなに優しい人はいないと思う。」

そう聞いて益々亜子は分からなくなる。

「でも…凄く厳しい人だと聞きました。」

「仕事ではそうかもしれないけど…
普段は怒ったりする姿を見た事無いし、穏やかな人だよ。」

司は人から聞く評判とは違い全く怖い人では無い。莉子は亜子にも段々に分かって欲しいと思う。

「司さんがね。亜子に必要な物を買ってやれって、お金を多めに持たせてくれたの。日用品とか下着とか文房具とか何か欲しいものはない?」

「…私に…?もうこれ以上厄介になる事は出来ません。」

「私も、ずっとそう思ってたの。彼が汗水流して働いたお金を私が散財してるみたいで、申し訳なくって…。でも、自分がそうしたくてしてる事だから気にしなくて良いって、それに夫婦になったんだから2人の財産でもあるって言ってくださってるの。」

「本当ですか?いつか倍になって返せとか、面倒になったら捨てられるとか…良い顔してお姉様を騙してるんじゃありませんか?」

「そんな風に見える?」

「まだ…分かりません。ただ、いろいろ悪評を聞いたので…恩人だけど、正直まだ信じていません。」

「そうよね…でもね。この、政略結婚には彼に何一つ利がないの。私ばかりが救われて、彼は厄介者を背負い込んだだけだと思うのに…。」

おまけに、兄や妹まで面倒を見てくれる…長谷川司とは…?姉の話を聞き、亜子はますます分からなくなってくる。

でも、一つ分かる事。
お姉様は長谷川司に恋してる。
花街にいた頃、姐さん達がこんな目で囲いの客を待っていた。
亜子はそう思い、一つため息を付く。

亜子だって水揚げを済ましてしまったから、何人か客を取っている。惚れた客はいなかったけれど、何度か肌を触れ合えば少しばかり情が湧く。

そう言う関係なんじゃないかと冷めた目で見ていたのに、そうではないと思うと…もし、捨てられた時に泣くのは姉だ。

お姉様だけには辛い思いをして欲しくない。亜子はそう思い、拳をぎゅっと握り締める。