このタイミングで料理が運ばれて、一旦話しは終わる。

莉子は初めて食べたクリームコロッケを痛く感動し、何度も美味しいと繰り返した。

兄の正利もここのハンバーグは絶品だと、莉子とお互いひと口ずつ交換して感動を分かち合っていた。

司はステーキを食べていたが、そこまで感情を露わにする事は出来ず、少し羨ましいと思いながら、仲が良い兄妹だなと笑みを浮かべて見ていた。

亜子はというと、オムライスを無言で頬張り誰よりも早く完食して、デザートのプディングを待っている。亜子だって久しぶりの洋食だったから、こう見えていつもよりテンションは上がっていた。

そして気になるのは長谷川 司の事。

姉の話しに耳を傾け、にこやかな雰囲気で微笑むこの男、確かに見目は良い。高身長で見るからにモテそうだ。

しかし花街で客から聞いた話しでは、仕事の鬼で完璧主義。少しの手抜きも許されず冷酷で、要望に少しでもそぐわなければ、容赦なく破談されると言う。

見ず知らずの私に大金を注ぎ込み、花街から身請けしてくれた恩人でもあるが、実は姉との政略結婚の為ではないかと思っている。

東雲家に養子に行った姉は伯爵令嬢なのだから、商人の身分からしたら高嶺の花だ。それに加えて器量も良くて隔たりなく誰にでも優しい姉は、この男に騙されたのではないのか?

この微笑みの向こうに、どんな本心を隠し持っているのだろうか…?

こちらでの住居が決まるまで数日、長谷川家の洋館にお世話になる事になっているらしい。これは司の本性を炙り出す絶好の機会だと、亜子は人知れずほくそ笑む。

洋食屋で朝食を堪能した帰り道、司の車で帰路に着く。

「部屋を貸して頂きありがとうございます。借り家の方は2、3日で見つけたいと思ってますので、それまでよろしくお願いします。」
正利がしきりに恐縮している。

「部屋は有り余っているから気にしなくていい。こちらで先に部屋を見つけておく事も出来たんだが、住む本人が見てからの方が良いだろうと思ったんだ。社宅では2人に住むには狭いしな。
それに、莉子も久しぶりの兄妹水いらずのんびり過ごしたいだろうと思って、俺の事は気にせず寛いでくれるたらいい。」

「ありがとうございます。3人がこうやって揃う事は僕の目標でもあり夢だったので、こんなにも早く実現出来るなんて、これも全て司さんのお陰です。」

「いや、俺は大した事はしていない。君達兄妹が逆境を乗り越えて懸命に生きてきた証だ。ここからが新たな始まりだと思って頑張っていって欲しい。」

「本当にありがとうございます。亜子にかかったお金も、少しずつですが返していきたいと思ってます。」

既に感極まって男泣きの正利を、莉子が優しく笑いハンカチを手渡す。

「莉子も…良い人と巡り会えて…本当に良かったな…。」

「泣かないでお兄様…。私も貰い泣きしちゃうじゃない。新たな旅立ちなのよ。笑顔でいなくちゃ…。」
莉子はそう言いながら、助手席で頬に涙を光らせる。

司はそんな莉子にハンカチを手渡しながら、
「君達2人は良く似ているな。」
と、優しく微笑む。

「僕は莉子ほど泣き虫ではありません。」
正利がすかさずそう言って否定するが、目から熱い物が溢れている。

「莉子は普段からボーっとしてますが、嫁としてちゃんと務めを果たしているでしょうか?それが1番心配です。」

正利が兄の顔をしてそう言うから、

「確かにボーっとはしているが、料理は美味いし、掃除洗濯に家の事を1人でよく頑張ってくれている。」
司がにこやかに笑う。

「料理とか…作れるのか?それは見ものだな。」
正利が莉子に言う。

「これでも6年間叩き込まれたんです。お兄様もきっとびっくりしますよ。」

莉子が可愛く威嚇する。

「へぇー、子供の頃にベッコウ飴を作ろうと思って真っ黒な煤を作ってた奴が?」
兄が莉子を揶揄いながら笑う。

「亜子もイヤイヤ苦い飴を食べさせられただろ?覚えているか?」

それには思わず、亜子もクスクスと笑い出す。

狭い車の中みんなが笑い、思いがけず楽しい帰り道になった。