「でも、お兄様が海外に行ってしまうと、亜子ちゃんが1人になってしまいます。まだ未成年ですし…。」
莉子は心配になり兄に聞く。

「亜子殿ついて、提案があるのだが…。」
司は3人の顔を見据えて話し出す。

「うちは今、莉子と俺の2人だけだ。それなのに無駄に広い家に住んでいる。掃除については週3日通いの掃除婦を雇っているが、もし良かったら亜子殿に通いで来て貰えないだろうか?勿論、給金も出す。
それとも、もし女学校で勉強したいなら、その援助をさせて貰おうと思っているが、どうだろうか?」

司の提案は願ってもない事だ。
だけど…亜子本人はどう思っているのだろうか?

莉子は亜子の様子を伺い見る。

「これ以上ご厄介になるのは心苦しいのですが、女中のお話しはとてもありがたいと思います。」

亜子はそう言って司に頭を下げる。

この男は信頼出来ないが、お姉様の手伝いが出来るなんて願ってもない事だ。それに、少しでも早く働いて私の為に使った多額のお金を、少しずつでも返していきたいという気持ちもある。

「女学校には通いたくないの?」
莉子は気遣い亜子に聞く。

「女学校ほど無意味な所は無いと花街で実感しました。学問を学んだ所で女に働く先はありません。女学校は金持ちの令嬢が行く道楽です。」

物事をはっきり言う亜子は晴々しささえ感じるが、尖ったところのある物言いは敵を増やす。
司自身がそうだから分かるのだが、誤解されやすい性格なのかも知れないと思った。

「俺はそうは思わない。
これからの時代、女子も働きの担い手になって行くだろう。うちにも経理部に2人採用しているが、細かい作業もこなしてくれるから助かっている。
実は男より向いている仕事も沢山ある。学力をつけるのは未来を見据える上で大事な事だ。」

「では、私が女学校に通ったとして、将来そちらの会社で雇って頂けますか?」
本当に亜子は14歳だろうかと思ってしまうほどの冷静さだ。

「我が社の役に立つ人間なら、男女問わず雇うつもりだ。君にその能力が備わればだがな。」

少し挑発的な物言いになったが、この子にはこのぐらい言った方が心に響くだろうと、司はあえて厳しい言葉を選ぶ。

莉子はそれをハラハラしながら見守っていた。

「少し考えさせて頂きますか?」

亜子が一旦保留にする。
これはとても珍しい事だった。子供の頃からはっきり物を言い、なんだって即答で迷いが無い性格だった。その亜子が答えを出せずに躊躇している。

本当は女学校に行きたいのかも知れない…。姉としての直感がそう思う。