とりあえず、積もる話しは後にして駅前の洋食屋に入る。
「長谷川様、ようこそおいで下さいました。」
予約してないにも関わらず、既に司の顔知られているらしく、個室の一等席を用意してもらえた。

「さすが司さん、既に顔で部屋が取れるんですね!」
司を尊敬する正利はまるで自分の事のように、喜んでいる。

「何度か接待で使った事があるからだ。まだまだ、この街は知らない場所ばかりだ。」
当の本人は素っ気ない対応だ。

それでも莉子と亜子に席を先に勧めるあたり、西洋で培ったレディーファーストが板に付いている。

「好きなものを何でも注文してくれればいい。」
司は2人にメニューを渡し選ばせてくれる。

「お勧めは何ですか?」

莉子が何げ無く聞いている。
それを亜子はハラハラした気持ちで見つめていた。いつこの男の逆鱗に触れるのか…怒らせたらどんな仕打ちがあるのか…。
姉の身を本気で案じているのだ。

「俺はいつも、ハンバーグかステーキだけど、この前接待で連れて行った西洋のご婦人は、クリームコロッケが絶品だと言っていた。」

「クリームコロッケですか?食べた事ないです。コロッケみたいな感じなのですか?」
妹の気持ちなんて全く知らない莉子は、楽しそうな眼差しで司と会話を楽しんでいる。

「グラタンのようなものがコロッケみたいになってるらしい。甘党の莉子なら気に入りそうだ。」

穏やかに話す司は淡々としているが、今のところ平常心に見える。
「じゃあ、私はクリームコロッケにします。亜子ちゃんは?」

「オムライスにします。」
即答する亜子は、洋食と言ったらいつもオムライスと決めている。

「さすが亜子だな。僕はハンバーグにしようかな。」
正利は憧れの司が食べる物を食べてみたいと思う。

亜子は無駄話し一度もしない。
まるで初めて会った頃の莉子の様だと司は思う。

「亜子ちゃんは体調もう大丈夫なの?」
莉子は会えなかった6年間を埋めたいと、一生懸命話しかけている。対照的姉妹を見ながら司は正利と仕事についての近況を話す。

熱心にメモまで取っているところを見ると、先が楽しみだなと司は思う。

「横浜支店は海外貿易が主だと聞きましたが、海外出張とかはないのですか?」

「現地に駐在所を置いてあるから、三年交代で赴任してもらう社員がいる。英語の習得にもなるからな。」

正利は目を輝かせて聞いてくる。
「それは志願出来ますか?」

「外国に行きたいのか?」

「はい、是非行きたいです。司さんもアメリカに3年行っていて、その頃から業績が伸びたと聞きました。」

「業績が伸びたのはたまたまだ。アメリカが日本のシルクに目を付けていたからそれで伸びたんだ。」

自分の功績をひけらかす事なく、淡々と語る司がかっこいいと正利はますます憧れを抱く。

莉子にとって初めて聞く仕事の話しはとても新鮮で、出会う前の司を知る事が出来てとても嬉しく思う。

「司さんは英語をお話しになられるんですか?」
莉子の目もまた輝いている。

「3年居れば誰だって嫌でも話せるようになる。正利君が海外赴任希望なら、営業の方に伝えておく。今からだったら来年辺り行けるかもしれない。」

「本当ですか!嬉しいです。よろしくお願いします。」

二つ返事で正利は行く気満々だ。だけど、そうなると亜子は1人になってしまう。今年数えで14歳、来年15歳になったとしてもまだ未成年だ。莉子はそう思うと心配になって来る。