朝から、莉子はソワソワしていた。

あの煤払いの祭りで亜子と話して以来、初めて亜子と会う事になる。

あの時、説得しきれず仲違いの様な感じで別れてしまったから、少しの後ろめたさが残ってしまった。亜子は自分の事を受け入れてくれるだろうか…。

「莉子、支度は出来たか?そろそろ行くぞ。」

「はい。」

今日の莉子は春に良く会う桜色の留め袖を選んだ。桜は亜子が好きな花だから、少しでも亜子に寄り添いたいと思って選んだものだ。

司はというと、白の開襟シャツのボタンをラフに開けて、上下明るい紺のベストとズボンを着ている。その長い足と高身長は、どんな服装だってカッコよく着こなしてしまう。

今日も莉子は自分の旦那様である彼に、しばし見惚れてしまった。

「どうした?そろそろ出ないと汽車が到着してしまうぞ。」

見目の良い旦那様を見つめてぼぉーっとしていると、司がお構い無しに近付いて来て、立ち止まっている莉子の顔を覗く。

頬をさらっと撫ぜたと思うと、唇に軽い口付けを落としていく。

莉子はビクッと身体を震わせて、心臓が高鳴る音を聞く。いつだって隙あらば触れてくる司だが、全く慣れる事が出来ず、その度にドキドキと心が反応してしまうのだ。

いつまで経っても初々しい妻に微笑み、
「いつにも増してぼぉーっとしてるな。自分の兄妹に会うのに、緊張しているのか?」
と、問う。

莉子は司の顔を見上げ、少し移ってしまった口紅を慌ててハンカチで拭く。
「緊張します。だって喧嘩別れしたままですし、亜子がどう思っているか分からないですから。」

「そんな事言ったら、俺なんて一方的に説教したままで、その後も全く話してないから、相当嫌われているかと思うぞ。」

「司さんは、亜子にとって花街から出してくれた恩人ですから、嫌われる事は絶対無いです。」

「そうか?最後に会った日、凄い勢いで睨まれたが。」

「そうなんですか?すいません妹が…立場もわきまえず。」
勝気なところがある妹だけど、恩人に向かってその態度は無いと代わりに謝る。

「莉子が謝る事はない。あのぐらい勝気だから花街でもやって行けたのだと思うと、逞しさを感じた。」
爽やかに笑い、莉子を車の助手席に座らせる。

ワンワンワン!

司は門番である秋田犬のリキに吠えたてられて、苦笑いしながら運転席に乗り込んだ。

「あいつ、今朝もボールで遊んでやったというのに、莉子に少しでも近付くと吠えたたえるな。俺が主人だって事分かってないんじゃ無いだろうか?」
司が呟き、車が出発する。

「リキはああ見えて、司さんには一目置いていると思いますよ。だって普通の人だったら触られる事もきらいますから。」
莉子がそう言って慰める。

「そうか?アイツ俺を莉子の旦那と認めてないんだ。だから、莉子に近付くだけで吠えてくる。アイツが俺の1番のライバルだな。」

くすくすくすっと莉子が笑う。
「リキは犬ですよ?」

「犬でもだ。アイツ莉子の前じゃ腹まで出して媚びてるじゃないか。」

犬にまで嫉妬する旦那様を可愛く思い、莉子は笑いが止まらなくなる。

籍を入れてからというもの、司が心の内を少しずつ見せてくれるようになった。思っている事を口に出してくれると、実は凄くかわいい人だと思うようになった。
「もっと仲良くなったらきっと、司さんにもお腹見せてくれるようになりますよ。」

「別に…アイツと仲良くなりたい訳じゃない。」

そんなたわいも無い話しをしていると、あっという間に駅に着く。

到着時刻までま10分ほど、少し緊張の面持ちの莉子に司が話しかける。

「昼は何か食べて帰ろう。駅前の洋食屋か、中華街の四川料理店でもいいな。会社の側の定食屋もお勧めだけど、莉子は何が食べたい?」

普段はそんなにお喋りでは無い司が、今日はいろいろ話しかけてくれる。きっと少しでも緊張を解こうと思ってくれているんだと、司の気遣いを嬉しく思う。

「そうですね…中華街の天津飯も捨てがたいですし、定食屋さんも気になります。亜子に聞いてみましょうか。あの子だったらスパッと竹を割るように、直ぐに決めてくれますから。」

そう言って笑う莉子が可愛くて、思わず腰を引き寄せる。

「君達姉妹は、見た目は良く似ているが、性格はまるで正反対だな。」

「似ていますか?」
嬉しくなって聞き返す。

「可愛いさは莉子の方が数倍上だが。」

サラッと可愛いと言われ、ポッと頬を赤らめる。