今日は市役所に行く大事な用がある。

振り切って動き出さなければ始まらない。
このままベッドに居続けたい気持ちを振り払い、葛藤しながらも、司は日課の鍛練へと足を運ぶ。

莉子はしばらく放心状態で、自分の身に何が起こったのか理解出来ずに固まっていた。

ただ、感じるのは司の事が好きだと思う気持ちが、昨日よりも増している事。

そう思うだけで、胸が苦しくて心が切ない。

こうしてもいられないとなんとか起き上がり、着替えて台所へと足を運ぶ。

今日はちゃんと食堂で朝食を取り、バタバタと片付けをして、出かける為に身支度を整える。

今日は背広を着るという司の支度を手伝う為、手持ちの荷物からネクタイを選ぶ。

「莉子、子供じゃないんだ。服は1人でも着れるから俺の事は大丈夫だ。自分の身支度をしてくれ。」

司はそう言って莉子との距離を取ろうとする。

それというのも、今朝の口付けの余韻で莉子が手の届く所にいると、気を引き締めないと無意識に触れてしまいそうになるからだ。

「これは、千代さんから引き継いだ大切なお勤めですから。」
莉子は手を抜く事を知らない。

仕方なく、それ以上は何も言えず、触れてしまいそうな自分を制御して、何とか着替えを無事に終える。

家を出たのは9時半過ぎ、雪の坂道は危ないからとあえて歩いて丘を下る。

昨日の吹雪で雪は3センチほど積もっていた。

転ばぬようにゆっくり斜面を2人で下りて行く。司は躊躇する事無く、莉子の手を取り心配そうに振り向きながら先を進んでくれる。

市役所には30分ほどで着いた。

跳ねた雪が裾を濡らす。

今日の莉子は歩きやすいようにと着物に袴とブーツ履き、女学生のような出立ちだ。司はロングブーツを履いているからそこまで濡れてはいないが、莉子の事を考えると、これ以上先は人力車で行こうと提案するつもりだ。

市役所で2人の住民票の書き換えは滞りなく終えて、婚姻届を記入する。

さすがに司の隣の枠に氏名を書く段階になると、いい知れぬ重圧で緊張してしまったが、何とか失敗無く提出する事が出来た。