(司side)

こんな安上がりな夕食を莉子は喜び目を輝かせている。

そんな素朴なところも好きだ。

たまに垣間見せる凛とした、元貴族としての佇まいも目を惹きつけるが、何よりも年相応にはしゃぎ喜びを見せる顔が1番可愛いと思う。

横浜に行ったら莉子と2人きり…。
俺はどこまで耐えられるのか。

同僚の塚本が仕事の帰り際、俺に投げかけてきた言葉が脳裏を掠める。

『一つ屋根の下、惹かれ合う男女が2人で暮らすとなると何が起こるか分からないな。
社長は…お前の父上は何を考えているのやら…。』

『あくまで俺の身の回りの世話をしに着いて来るんだ。邪な考えなどこれっぽっちも無い。』

正当な理由を述べては見るが、側から見たら確かに新婚に見えるなと思い始める。

『籍だけでも入れておいた方が良く無いか?知らぬ間に子でも出来たら大変だ。』
ニヤニヤと笑う塚本を睨み返す。

『まだ、出会って間も無い。彼女をどうこうしようなどと思ってもみない。』

『どうかなぁ。君みたいな立場の人間は自由恋愛の結婚は少ないだろ?
それなのに君は、既に婚約者殿にお熱と側から見ても分かるくらいだ。果たして本能を理性で抑えられるのか。見ものだな。』

『余計なお世話だ。』

その場はそう言って引き上げたが…。

確かに…今日1日一緒にいると、知らず知らずのうちに彼女を見つめ、目に追って心配し、他の奴らが少しでも彼女を見ると嫉妬する。

そんな自分を持て余し、挙げ句の果てには日を改めて渡そうと思っていた婚約指輪を、急いで付けさせ世の男共を牽制してしまう自分がいる。

俺はどうしてしまったのか…。
そう思うのだが今の自分は、嫌いじゃ無い。

彼女を困らせ警戒させるのは意図では無いが、ギリギリのところで全てを受け入れてくれるから、タガが外れたら何をし出すか分からない。
自分自身にいささかの不安を感じ始めていた。

それに…横浜は異人が多い。
そう思うと、彼女を1人家に残して仕事に出る事も憚られる。

やはり女中は雇うべきか…それとも、用心棒が必要か?街を1人で買い物など…考えただけで怖くて出せない。

元令嬢だけに警戒心があまり無く、人を簡単に信じてしまいそうだ。優しさと思いやりで出来た純粋無垢なその心に漬け込んで、悪い人間に騙されて着いて行ってしまうのでは無いかと不安になる。

いろいろな感情が押し寄せて、どうするべきかと自分でも分からなくなる。
こんな感情は初めてで、自分自身でも持て余してしまうのだ。