「司様が…食べたい物で構いません。」
何とか振り絞った答えを莉子が口にする。

「俺は…莉子が食べたいと思う物が食べたい。」
司が悪戯っ子の目でそう言ってくるから、これでは堂堂巡りだと莉子は困ってしまう。

「降りて少し歩いてみようか。莉子の目に止まった店に入ろう。」
困り果てた莉子に司が助け舟を出してくれた。

いつの間にか日は暮れて、街灯の乏しい灯りだけが頼り道だ。

司は寒くないかと莉子を心配し、先程買った手袋を持って来るべきだったと、鈴木の車に持ち帰らせた事を悔やむ。

とりあえず、莉子の手を取り歩き出す。

恥ずかしそうに、ちょこちょことそれでも懸命に着いて来る莉子が可愛らしい。
ずっとこうしていたいなと、司が幸せを感じながら歩いていると、ピタッと莉子が足を止める。

不思議に思い莉子が目を向ける方を見てみると、そこには屋台が何台が集まって、屋台村の様になっている場所だった。

「あれは屋台だ。冬になると、道端でおでんやラーメンなんかが食べられる。今まで見た事無かったか?」

こんな夜に出歩く事なんてまず無かった莉子だから、初めて屋台を見て興味津々のようだ。
気になる様でちょっとずつ側に近寄って行く。

「屋台でいいのか?もっと暖かい場所で食べた方が…。」
司は冷えて冷たくなった莉子の手を心配するのだが…。

「屋台が、いいです…。」
珍しく莉子が主張するから、ダメとも言えずに笑いながら屋台へ向かう。

「ラーメン2つ。」
暖簾をくぐるなり注文して、今夜はあれこれと食べ歩くのも面白いなと司は思う。

「はい、承知。」
顔を上げた店主が驚いたように目を見開く。

「…また…美男美女が良い衣装着て…なぜに屋台なんか…?」
店主の驚きに司はつい苦笑いする。

「彼女が屋台を見たのが初めてらしくて興味があるみたいだ。」

「こりゃあ、腕を上げて作らんと…。」
ビビりまくる店主をよそ目に、莉子は見える全てのものに目を寄せて、キラキラとした眼差しを司に送る。

そんな莉子を可愛く思い、司はただ、にこにこと微笑み、その全てを優しく見守っていた。

「貴族様か?」
と店主に問われるから、
「いや、ただの貿易商だ。」
と気さくに話す司と店主を交互に見て、莉子は微笑みを浮かべる。

ほどなくして温かいラーメンが出され、恐る恐る莉子がラーメンを啜る。

「温かくて美味しいです…。」
目を輝かせて店主に言う。

30代そこそこの若い店主が、デレデレと頭を掻きながら鼻の下を伸ばしているから、それさえも面白くないと司は内心嫉妬する。

「莉子、ラーメンを食べたら今度は向こうの肉まんでも食べるか。あっちには蒸し饅頭もあるし、甘酒やおしるこもある。」

甘いものに釣られて、莉子はキョロキョロと外に目を向ける。

「そんなに沢山…食べきれません。」
司の言葉を真に受けて、本当に心配そうに言って来る。
「食べきれなかったら土産にすれば良い。」

こんな夕食がたまにはあっても良いなと司は思った。