「さあ、腹が減った。早く行こう。」
司に声をかけられるまで、莉子は遠ざかる鈴木の車を目で追ってしまっていた。

「はい…。」
と、答えて莉子は司の後を静々と着いて行く。
助手席に促されて、車に乗り込むが心臓はバクバクで手に汗握る心境だった。

司と2人っきりの外出は兄に再会した日以来だ。

急に婚約者としておかしくない行動をしなければと、変な責任感を感じて緊張してしまう。

運転席に乗り込んだ司が、俯き身を硬くしているそんな莉子の態度を不思議に思い、

「どうした?体調でも悪いのか?」
と、莉子の顔を覗いてくる。

「いえ…大丈夫です。」
何でもないと言うように微笑みたいのに、緊張が増してぎこちない笑顔になってしまう。

司が心配して莉子の額に手を当ててくる。
触れられたところから、熱がボッとついたように熱い。

頬をサラッと撫ぜられて、身体が思わずビクッと反応してしまう。

「熱は無いようだが、疲れたか?」
どこまでも優しく莉子を見つめて来る。

「いえ、あの…緊張して…しまって…。」
仕方なく莉子は心の内を露とするのに、
司はハハッと笑って、莉子の手を大きな手でぎゅっと握ってくる。

汗ばんだ手が恥ずかしくて…振り解きたいのに離してもらえなくて焦る。

「莉子、俺が怖いか…?触れられるのは嫌か?」
司の沈んだ声のハッとして、莉子は焦って見上げる。

「違います…。こんなに良くしてくれて…怖いなんて…ただ、急に2人っきりになったので…緊張して…。」

「俺は、莉子と早く2人っきりになりたかった。
買い物は麻里子がいた方が心許せるだろうと思って我慢したが、本当はいつだって莉子と2人が良い。」

いつも感情を読む事が難しい司だが、今日は珍しく心の内言葉にしてくれる。

「今日、気付いたのだが…
君は多くの男共を魅了するらしい…通り過ぎる誰もが君を見つめていた。
俺はその度気が気じゃなくて…牽制したくなる気持ちを抑えるのが大変だった。」

「えっ…⁉︎」
思いもよらない事を言われて、莉子は首を傾げて考える。

多くの女子を惹きつけていたのは目の前にいるこの人だ。
背も高く見目も良いから、どこにいても目立っていた。私なんかが隣にいる事が恥ずかしく、麻里子様がいなかったら逃げ出していたに違いない…。

司は内ポケットから一つの小さな箱を取り出して、器用に片手で開けて中の物を取る。

それを莉子は、何かの手品を見ている気分で見つめていたが、繋がれた手を軽く引き寄せられて瞬きをする。

司は莉子の小さな右手を見つめ、薬指をそっと撫ぜたかと思うと、そこにスーッと何かを通す。

莉子は分からず、これは何だろとボーっと見つめる。

「これは、婚約指輪という物だ。
今、貴族の間で流行っているらしい事を麻里子に聞いた。
莉子は俺の婚約者だと世間の男共に牽制する意図がある。」
そう言って、莉子の手の甲に口付けをする。

莉子は驚き目を見開き瞬かせて、口をぽかんと開けて司を見てくる。

そんな莉子が可愛くて、司はどうしようもない衝動に駆られ、莉子の頭を引き寄せその愛らしい唇に口付けを落とす。