結局莉子は3着の洋服と、その上に羽織る暖かな羽織り物を買い揃えてもらった。

他にも旅行カバンに始まり、防寒具や雨具、草履にブーツに手袋にマフラー、目に付く全てを買い与えてくれる司に、申し訳ないとすら思ってしまうほどだった。

私なんかと結婚して…この人に何の利がかるのだろうか…?
その言葉だけが莉子の頭を駆け巡る。

「本当に…何でお礼を言って良いのか…こんなに沢山の品物を、ありがとうございます…。」
莉子は帰り際、恐縮して再度お礼を言うと、

「君は俺の婚約者なんだから、当たり前の事をしたまでだ。そう気にするな。」
と司が、満足そうな笑顔を向けてくる。

「莉子さんに貸していた着物もよかったら持っていってね。どうせ全て着おせない程あるのだから。」

麻里子もそう言って惜しげもなく着物をくれると言う。
本当になんて優しい兄妹なんだろうと、莉子は胸が一杯になった。

東雲家にいる時は、ずっと女中が着古したポロポロの着物を、自分で繕ってなんとか着ていた状態だったから、見てくれなんて気にした事さえ無かった。

着飾る事も、買い物を楽しむ事もずっと遠い昔に忘れてしまっていた。

毎日を懸命に生き抜く事さえ諦めかけていた莉子だから、司の元に来てからの毎日は夢のようで、直ぐに消えてなくなる泡のようなものでは無いかと、いまだ現実感がないままふわふわと漂っている感覚だ。

そんな風だったから、私なんかの為にお金を費やすのは勿体無いと、どうしても思ってしまうのだ。

買った物を運転手の鈴木が車のトランクに詰め込んでいる。今日は司の車で来た為、鈴木は荷物を運ぶためだけにわざわざ待機していてくれたのだ。

莉子はそんな鈴木に申し訳なさを感じて、何気に手伝おうとすると、

「莉子様いけません。
貴方は若の婚約者です。もっとその自覚を持って行動して下さい。
これからは貴方の全ての振る舞いが、若の評価につながるのです。婚約者として恥じぬ姿でいなければなりません。」

鈴木からそんなお叱りを受けて、莉子は身が引き締まる思いがした。

そうか…
これからは自分がどうのと思う事よりも、司様の為に恥じぬ姿でいなければならないのだと言う事に、今初めて気が付いた。

「鈴木…莉子にあまり厳しく言うな。
彼女からしてみれば、今までとは境遇が180度変わった筈だ。直ぐ慣れろとは言えない。彼女のペースで段々に慣れていってくれれば良い。」

司はそんな莉子を鈴木から庇ってくれる。

「若は莉子様に甘過ぎます…。」
と、鈴木は呆れた顔を向けてため息を吐く。

司はそんな鈴木の事は無視して、
「2人は俺の車に乗って、何か美味しいものでも食べて帰ろう。」
と、司がそう言って莉子と麻里子を自分の車の方に促す。

「お兄様、私少し疲れたので、このまま鈴木さんの車で帰るわ。これ以上2人のデートを邪魔すると、誰かさんに怒られそうだし。」

莉子に微笑み、麻里子はさっさと鈴木の車に乗り込んでしまう。

戸惑ったのは莉子の方で…
急に心細さを覚えて、思わず麻里子に救いの目を向けてしまう。

「兄様、お土産忘れないでね。」
そう言って、ひと足先に帰って行ってしまった。