「それでは本題に入りますか、兄さん。」
学の一言で、旭こと、亜子の顔に緊張の色が見える。

「ああ、ごめんね。そんなに緊張しないで。僕らは莉子ちゃんに頼まれて君を探していたんだ。」
学が優しく亜子に話しかける。

「本名は森山亜子ちゃんだね?
俺は長谷川 司と言います。莉子殿とは最近知り合い婚約した者です。」
出来るだけ怖がらせないように言葉を選び話しかける。

「ずっと、莉子殿は君の事を心配し会いたいと思っていたそうだ。」

莉子の事をかい摘んで話し、理解を深めて信用を得る事を試みる。

「…姉とは…8歳の時に離れて以来一度も会っていません。今頃会いたいと言われたところで、会えるはずもありません。」
妹の亜子はそう言って顔色一つ変えない。

「君が望めば、すぐここから出す用意は出来ている。今からだったら女学校も通えるだろうし、普通の生活を始められる。」

「そうだよ。兄さんにはその力があるし、君が安心して暮らせるように計らってくれるよ。」
学と2人で説得する。

なのに亜子は頭を横に振る。

「今更…普通の生活なんて…無理に決まっています。藤屋の女将さんには、今まで育てて頂いた義理もありますし…これから稼いで返していかなければならない身です。」

「それは、いくらだ?藤屋のいい値で払おう。」
俺は詰め寄り、身請け話しをなんとか受け入れてもらえないかと粘ってみる。

「…今まで良くして頂いたお姉様方に…申し訳なく…やはり無理です。」
それでも亜子殿は頭を下げてくる。

「すぐに返事は要らない…少し考えて見てくれないか。」

なぜ断られるのか理解し難いが、どうにかして気持ちを変えて欲しい俺は、そう言って少し時間をかける事を提案する。

こんな場所1秒だっていたくないだろうと思うのに…

「これは、莉子殿から預かった手紙と大事にしていた品物だ。渡して欲しいと言っていた。」

俺は、鞄に大事に閉まっておいた手紙とハンカチに包まれたかんざしを亜子に渡す。

大切そうにハンカチを開いて中を見ている。

少し涙ぐんでいるように見えるが…白粉の下の顔色は到底伺い見る事は出来なかった。