「着いたよ。ここが花街で一番を誇る藤屋だ。」
司も足を止め、一際高い建物を見上げる。

花街のど真ん中辺りに聳え立つ、煌びやかな赤を纏った建物だ。門には門番が2人立ち、一言さんお断りの看板が目に入る。

いささか緊張の面持ちで学は俺を見やるから、大丈夫だと力強く首を縦に振って学を安心させる。


「御免、女将はいるかい?」
若旦那はお構いなしで門番に話しかけ、すんなり中に通してもらえた。

少し待つと品の良い着物を着た年増の女将が顔を出す。

「ようこそ藤屋へ。あら良い男が3人も、どうぞ上がって下さいまし。こちらのお方はどなたですか?」

「彼は、今やときめく貿易商の長谷川商会の次期社長だよ。そして、その弟さん。上客を連れて来たから今夜は良い部屋を頼むよ。」

若旦那の少し大袈裟な紹介を受けながら、俺は胸ポケットから名刺を取り出し女将に渡す。

「長谷川商会で専務をしています。長谷川 司と申します。」

「へぇ、お若いのに専務さんかい。そりゃあ頭が上がらないねぇ。花街は初めてですか?今宵は難しい話しはやめて、どうぞ楽しんで行って下さいませ。」

女将がそう言って、紅色の派手な着物を着た10歳ほどの幼い子供を連れて来て店案内をさせる。

司はその事に、嫌悪感を少なからず感じて顔を背ける。

「お清と申します。お部屋へ案内させて頂きます。」
その子は丁寧に頭を下げて、こちらですと道案内をしてくれる。

「お清ちゃんはいくつ?」
学が気になり声をかける。

「9歳です。」
言葉少なにそう答える。

「ここにはいつ来たの?」
学も何か思うところがあるようだ。

「一年前にきました。夕顔姉様の新造でありんす。お見知りおきを。」

9歳にして既に自分の立場を分かっている。格式高い藤屋の教育をちゃんと受けてお行儀が良い。

このような場所に売られて辛い思いをして来ただろうに、力強く生きている少女を思い胸が苦しくなる。

12畳ほどの部屋に通され、清が座布団を3枚敷いてくれた。

「兄さん、いくらか渡してあげて。」
小声で学がそう言ってくるから、俺は小銭を取り出し5円をお清に握らせた。

「さすが長谷川家だね。羽振りが良いなぁ。」
若旦那はにこりと笑い、上座に俺を勧めてくれるが、

「私はこちらで構いません。」
と、上座を譲って下座に座る。

何せ初めての遊郭だから式たりも何も分からない。それでも新参者は下座に限ると承知する。

「お名刺を僕にも一枚頂けますか?
貴方とは今後、仕事でお世話になるだろうから。」
にこりと笑った若旦那が、自分の名刺を一枚出して手渡して来る。

「僕、ここに来て男に名刺を渡すのは初めてだよ。」
若旦那がそう言って笑う。

「今後もよろしくお願い致します。」
俺もすかさず名刺を出して交換する。