だめだ、集中しないと。

今は大事な花嫁修行の時間なんだから。
      

そう、自分に言い聞かせると、私は気持ちを切り替える為に、小さく深呼吸をした。


油断すると、八神君のことが頭に浮かび、怒りで手が震えてしまう。

屋上の一件から、彼のことをいつまでも引き摺るのは止めようと決めたのに。

けど、意思に反して思考は勝手に動いてしまうので、私は極力“無”に徹することにした。


「そういえば、最近私の生徒さんがカフェを開いたそうなんです。なかなか好評らしくて、場所も美月様の学校から近いので、九条様をお誘いしてデートでもいかがですか?気晴らしに良いと思いますよ」

すると、思わぬとこで先生から素晴らしい提案をしてもらい、表情が一気に晴れる。

「はい、是非そうします」

そして、笑顔で頷くと、早速お店の名前を教えて貰い、スマホで検索した直後。
何やら見覚えのある店内写真に、ふと昔の記憶が蘇る。


……ここって……。



確か、以前亜陽君と学校帰りに寄ろうと約束して、結局彼の都合で行けなくなった場所だ。

しかも、その都合とは、白浜さんと隠れて会っていたという。

そこに結びついた瞬間、封印したはずの黒い感情が一気に溢れ出す。



せっかく忘れかけていたのに、また思い出してしまった。


 
……でも、今はもう関係ない。


亜陽君は私のために、白浜さんとはもう会わないと約束してくれた。


だから、あの日の事は無かったことにして。
リセットするには、良い機会かもしれない。


そう確信すると、私は改めてお気に入りに追加し、もう一度彼を誘おうと心に決めた。