「……そうだね。君からしてみればそう見えるのかもしれない。けど、これだけは信じて欲しい。今も昔も変わらず、俺には美月だけだから」

すると、暫く沈黙が流れた後、少し低めの声で力強く断言され、私はもう一度彼を見上げる。

その澄んだ青い瞳はいつもと変わらず真っ直ぐで揺るがなく、迷いなんて微塵も感じさせないくらい力強くて、嘘偽りがない事を証明している。

「それじゃあ、亜陽君は何で私以外の女性に触れるの……?」

その想いはしっかり受け止めることが出来たけど、やはり全てはそこに行き着いてしまい、私は溢れる涙を拭うことなく震える声で彼に尋ねた。

「それは全部君のためだよ。キスもその先の行為も完璧にしないと、美月を満足させてあげられないでしょ?」

そんな私の問い掛けに対し、亜陽君は全く悪びれることなく、至極当然のような顔付きで答えてきて、私はその意味がよく分からず目が点になる。

「何事も美月には極上のものを与えたいんだ。だから、白浜さんはただの練習台でしかないし、そもそも女として見てないから」

しかし、呆然とする私を他所に、満面の笑みを向けながら人として何とも最低な事を平然と言って退ける亜陽君。

「でも、嬉しいな。美月が可笑しかったのは全部俺のせいだったんだね。やっぱり、美月は美月のままで安心した」

それがいいのか、悪いのか。
軽い混乱を覚えた私は、未だになんて言葉を返せばいいのか分からず、恍惚とした表情を見せる亜陽君を眺めていたら、いつの間にか涙は引っ込んでいた。

「……そ、それじゃあ、亜陽君はこれからあの人と会わないって約束出来る?」

そして、確かめるように恐る恐る最後の問いを投げてみると、私の不安を名前通り太陽のような眩い笑顔で溶かしてくれて、そんな彼に一瞬目を奪われてしまう。

「勿論。もう練習は不要だし、何よりも大切な君をこれ以上傷付けるわけにはいかないから。ごめんね美月、これからは絶対君を泣かせない」

それから、まるで泣きじゃくる子供をあやすように優しく頭を撫でてくれて、子守唄のような心地良い声が耳元で響く。

それだけで、全てのことが洗い流されそうになる手前。

つまるところ、亜陽君は練習する必要がない程に、私の知らないところで彼女と体の関係を持っていたわけで。

それがいくら私の為だったとはいえ、決して喜ばしいことではない。

しかし、私に対する彼の気持ちは紛れもなく本物であり、しかもそれは想像を遥かに超えるほど重く、狂っている。

けど、そんな彼の素性を全て受け入れてこそ、本当の愛であり、今の私達には必要なこと。

例え彼が過去にどんな過ちを犯したとしても、私は亜陽君の許嫁として生きていかなければいけない定めであり、自らもそれを望んでいる。

もう亜陽君の気持ちを疑うことはないし、過去に目を向けなければ幸せは保障される。


だから、やっぱり受け入れよう。


受け入れなければ。


そう自分を戒めるように。


自らを呪縛するように。


この言葉を心の奥底にまでしっかり張り巡らすと、徐々に気持ちが落ち着き始め、寒空の下、私は全てを託すように彼の温かい胸中に身を預けたのだった。