午後の授業が終わり、今日も夕方から生徒会の仕事があるため、私はクラスの人達と少しお喋りをしてから教室を後にする。

あれから亜陽君と顔を合わせるのは少し気まずいけど、とりあえず普段通りを心掛けようと。
自分にそう言い聞かせながら、生徒会室に続く通路を歩いていた時だった。


「……あ」

丁度職員室から出てきた八神君と蜂合い、思わずそこで足が止まる。

向こうも私の存在に気付くと、ポケットに手を突っ込んだまま、何やらこちらを凝視してきた。

「あの……何か?」

何故無言で見つめられているのか理解出来ず、しかも顔を見るとまたあの濃厚なキスを思い出してしまうので、私はつい視線を足元に落としてしまう。

すると、八神君の長い指が不意に伸びて顎に触れると、無理矢理顔を引き上げてきて、至近距離にある鋭く光った澄んだ瞳が私の目を捕える。

「や、八神君!?こんな所で一体何を……」

その熱い眼差しに脈打つ鼓動が徐々に早まり、顔の温度が一気に上昇していく。

もしや、またキスをされるのではと危機感が襲うのに、まるで金縛りにでもかかったように顔を逸らすことが出来ず、逃げたくても逃げられない。

暫しの間黙って見つめ合う中、戸惑う私の様子に八神君は小さく鼻で笑うと、何事もなかったように私から手を離した。

「いや、案外元気そうだなって思っただけ」

それから、意味深なことをポツリと言い残し、そのまま八神君は私の横を通り過ぎて何処かに行ってしまった。

ようやく彼から解放された私は気持ちを落ち着かせようと試みるも、連日八神君に触れてしまったせいで、なかなか平常心を取り戻すことが出来ない。


一体八神君は何故私にあんなことをするのか。

おそらく、ただ揶揄っているだけなんだろうけど、その度合いが酷くて昨日から翻弄されっぱなしだ。

そして、またもや完全に抵抗出来なかった不甲斐ない自分を目の当たりにしてしまい、再び罪悪感が襲ってきた。