すると、突然亜陽君は口元を緩ませ、今度は普段通りの柔らかい笑顔を向けてくれたので、少しだけ緊張の糸が緩み出す。
「美月はずるいよね。そうやってどこまでも俺の心を掻き乱すんだから。……本当に凄くタチが悪い」
そして、最後に呟いた彼の皮肉めいた言葉が、小さな針のように心をちくりと突き刺してきて。その意味がよく分かる私は、つい苦笑してしまう。
「亜陽君は、変わらず家業を継ぐつもりなの?」
それから、少しだけ空気が穏やかになり始めた頃。
彼の将来について改めて話を聞いてみたくて、何気なく尋ねてみると、亜陽君は黙って首を縦に振った。
「まあ、幼い頃からそう言われ続けていたからね。半分刷り込みなのかもしれないけど、俺は別に苦だと思っていないから。このまま予定通りの進路を辿っていくつもり。ただ、その隣に美月がいないのは予定外だったけど」
そこまで話すと、不服そうな表情を向けられてしまい、またもや良心がちくちくと痛みだす。
「本音を言えば、退院したら無理矢理でもいいから君をめちゃくちゃに抱きたい。思いっきり乱れた姿を見れないまま終わるなんて悔し過ぎるし、出来るならあの男を今すぐ殺してやりたいくらいだよ」
「亜陽君。それは全然笑えない冗談だね」
負い目を感じている中、とても清々しく、心を鷲掴みにされそうな程の眩い笑顔とは裏腹に。
どす黒い歪んだ私欲をこれでもかと剥き出してきた亜陽君に、とりあえず引き攣り笑いを浮かべながら冷静に突っ込んでみた。
「そういえば、美月も実家を継ぎたいんだね。俺に連絡くれた時、お父さんが色々話してくれたよ」
「そ、そうなんだ……」
なんと。
もう彼にその話が伝わっていたなんて。
あの時はそこまでの反応を見せなかったのに、この短時間で亜陽君に全てを話してしまうくらい浮かれていたということだろうか。
喜んでくれているのなら有難いけど、何だか気恥ずかしくなり、私は徐々に頬が熱くなってくる。
「それなら、将来的に美月は俺のライバルってことになるのかな?」
「そ、そんな。ライバルだなんて……!」
すると、何やら不穏な発言に私は首を思いっきり横に振って全力で否定した。
「私は亜陽君と争うなんて絶対に嫌。そんな関係にはなりたくない!」
やはり、勝手に婚約を破棄されたからには、そうなってしまうのか。
別れても尚亜陽君とは良好なお付き合いを続けていきたいのに、それは虫が良過ぎる話なのだろうか。
次々と襲い掛かる不安と寂しさで、徐々に瞳が潤み始めていくと、亜陽君はふと口角を上げて私の頭に優しく手を乗せてきた。
「嘘だよ。俺だって美月と争うなんて嫌だ。だから、ここで終わりにしよう。もう九条家とか倉科家とか、そんなのはどうでもいい」
そして、少し強めの口調ではっきり断言してきた亜陽君の瞳は、いつになく強い光を帯びていて。
そこから伝わる揺るがない意志に、いつの間にやら不安は綺麗に消え去り、自然と笑みが溢れた。