「そういえば、君が眠っている間、俺達の婚約は解消されたよ。まあ、倉科家の一方的な要求だったけど」
それから少しの間沈黙が続いた後、ぽつりと教えてくれた亜陽君の話に、私はぎょっとした。
まさか、もう九条家に話をつけていたとは。
予想外の父親の行動の早さにかなり驚かされたけど、それよりも亜陽君の反応が気になり過ぎて。
緊張と不安で鼓動が徐々に早くなる中、私は返す言葉を必死に探していると、不意に亜陽君は私の手を優しく握ってきた。
「俺は美月が全てなんだ。君と初めて会った時に一目惚れをして、そこから俺の気持ちは何も変わらない。君を手に入れる為なら何でも出来る」
そして、真剣な眼差しと共に、初めて聞かされた亜陽君の告白。
出会った当初から彼は淡々としていたので、始めは私ばかり好きなのかと思っていたけど、一目惚れだったとは。
今更ながらに亜陽君の愛の深さを思い知り、嬉しいやら恥ずかしいやら申し訳ないやらと。
沢山の感情が交差がして、いまいち気持ちの整理がつかない。
それでも、彼の想いは素直に嬉しい。
けど、それを受け入れる事が出来なくなってしまった今。
ここで全ての終止符を打つ為にも、私は亜陽君の手に自分の手を重ねた。
「本当にごめんなさい。でも、私は八神君が好きなの。彼以外考えられないの」
ここで正直に自分の気持ちを伝えることは、何とも残酷な行為なのは重々承知の上。
でも、それが彼への誠意だと信じて、今度は視線を逸らすことなく、私は真っ直ぐと亜陽君を見据える。
__そして、もう一つ伝えたいこと。
それが、何よりも一番理解してほしいこと。
それは……。
「亜陽君、もう私に囚われないで。私の太陽にならなくていいの。亜陽君は亜陽君だけの光なんだから。それだけで十分魅力的だから。ねえ、私達は自由だよ?」
これまで彼に縛られ続けていたけど、今思えば彼もまた私の存在に縛られていたのかもしれない。
お互い存在価値を決められて、操り人形として生きて。
立場が同じだからこそ、依存し合っていたのかもしれない。
もしかしたら、そこにあったのは本当に愛だったのか。
それとも別物だったのか。
それはきっと、しがらみから解放されて、そこでようやく私達が求めていたものが分かるのかもしれない。
だから、私が私のための幸せを見つけられるように、亜陽君にも自分自身の幸せを見つけて欲しい。
そう願いを込めて私は彼の手を強く握りしめる。
それから亜陽君は口を閉ざしたまま、思い詰めた表情で暫く動かなくなってしまった。
果たして私の気持ちは彼にちゃんと伝わったのか。
表情からはいまいち読み取ることが出来ず、沈黙状態が続くにつれて、段々と不安になってきた。