「そういえば八神君がこれを。どうやら彼のバッグに紛れていたらいわよ」
すると、突如母親から差し出された私のスマホ。
それを目にした途端、ようやく彼があの場にいた理由が分かり、私は震える手でスマをを受け取った。
「……あの、八神君は?」
そこから募り始めていく彼への想い。
最後に聞こえた八神君の緊迫した声が未だ耳に残っていて、今すぐにでも会いたい衝動が抑えられず、私はおずおずと母親に尋ねた。
「彼はもう帰ったわ。美月が目を覚ましたら連絡して欲しいって言ってたけど……。随分彼に愛されているのね」
そんな私を見て小さく笑う母親の言葉がとても意味深で。
全てを見透かされている気がして、気恥ずかしくなった私は、思わず俯いてしまう。
「連絡はこっちから入れるから、容態が落ち着いたら彼とゆっくり話しなさい」
「え?お父さん。それって……」
「正直まだ納得していないところはあるが、お前達の交際を認める……努力はしていこうと思う」
すんなり会わせてくれることに、期待の眼差しを向けた直後。
それに反して渋い表情を見せてくる父親。
言葉とは裏腹に、全然納得していないと顔に思いっきり書いてあり、やはり現実はそう簡単には行かないと意気消沈してしまう。
それでも、前向きな姿勢を見せてくれるだけでも大きな進歩だと。今は多くを求めないようにしようと、心に留めておくことにした。
それともう一つ引っ掛かること。
それは、九条家との関係性。
八神君と付き合ってしまったら、我が家の経営はどうなってしまうのか。
昔から九条家と倉科家の縁は根深いので、こちらの裏切り行為に九条家が黙っていない気がする。
私が言えた義理じゃないけど、そんな不安がずっと頭の片隅に残り続けていて、恐る恐る両親に尋ねてみた。
しかし、それをものともしない父親の屈託のない笑顔が、その不安を払拭する。
守りたいのは家業でも、九条家との絆でもない、家族だと。
まるで吹っ切れたような寸分の曇りもない眼差しでそう断言してくれた瞬間、全てがいい方向へと変わっていけそうで。そんな根拠のない希望が自ずと湧いてきた。