「あのね。私、家業継ごうと思うの。食について興味があるし、私もお父さんみたいに人を喜ばす仕事がしてみたい」
それから、少し落ち着いた頃。
呼吸を整えてから、この場で思ったこと全てを曝け出そうと、私はぽつりぽつりと胸の内を語り始めた。
「どこまで出来るか分からないけど、私これからも精一杯頑張るから。だから、志望校考え直してもいいかな?」
それは自分の将来を考えるようになってから、ずっと心に引っ掛かっていたこと。
これまで亜陽君と同じ大学に行くために必死になっていたけど、その理由がなくなった今。
将来を選択する第一歩として、大学選びはもっと慎重にならなくてはいけないと思うようになった。
受動的ではなく、能動的に。
人のためではなく、自分のために選ぶ未来。
そんな想いを込めて、私は拳を小さく握りしめる。
「ああ、勿論。自分の進路は自分でしっかりと決めなさい」
それに応えてくれた父親の表情は今までにないくらいに穏やかで柔らかく。その姿を目にした瞬間ふと昔の記憶が甦ってきた。
それは、亜陽君との結婚が決まる前の話。
あの頃の両親はよく笑っていた。
けど、九条家と倉科家の繋がりが強くなり始めた途端、いつしかその笑顔は次第に消えて、倉科家から笑い声も消えた。
今思うと、しがらみに囚われていたのは私だけじゃなく。
倉科家の存続のために誰よりも重圧に耐えていたのは、他でもない。父親だったんだと。
この笑顔を見て今更ながらに気付いた私は、胸の奥が小さく痛み出す。