とりあえず、八神君が食材を切る係で、それ以外の味付けや副採を用意するのは私ということになり、料理がスタートする。

予想通り、八神君の包丁さばきはとても滑らかで、私の何倍も早く、あっという間に鍋の材料が揃っていく。

そして、彼の隣では絶対に包丁を使うことはやめようと心に誓った私は、八神君が用意した食材を順番に鍋に入れながら、灰汁を取って丁寧に味付けを施していく。

こうして二人の共同作業により短時間で料理は完成し、広いダイニングテーブルの上に八神君が鍋を置くと、そこから食材が織りなす食欲をそそる香りが鼻を掠める。



「いただきます」

ダイニングテーブルに向かい合って座り、ようやく昼食を取る頃には既に二時を過ぎていて。

私達の空腹具合は極限にまで達し、湯気立つ鍋を一口含んだ途端、美味しさが全身を駆け巡る。


「何これ?美味過ぎだろ。鍋ってこんなに美味いもんだっけ?」

すると、想像以上の反応を見せてくれる八神君に、私は嬉しくなり思わず笑顔が溢れる。

「キノコをふんだんに使ったからね。あと、沸騰する前に入れると旨味がおつゆに移ってより美味しくなるし、食材を入れる順番も大事だし、鍋って簡単そうだけど結構奥深いんだよ」

他にも鱈や鶏のつくねやら。

お出汁となる食材が沢山揃っているので、普段よりも何倍も豪華となったお鍋の味は、期待通り格別なものへと仕上がった。


「美月も料理するのか?色々詳しいんだな」

暫く鍋について熱く語っていると、ふと投げられた八神君の素朴な疑問に、私はきょとんとした目で首を傾げる。

「うーん。うちが和食屋を経営しているっていうのもあって、気付いたら食に関する知識がついたのかな。父親の話を隣で聞いてたりしてたから」

「へえー。美月は実家継ぐのか?確か一人っ子だろ」

すると、またもや八神君の何気ない質問に、私は思わず箸の動きを止めた。

「まさか。私なんかが無理だよ。だから幼い頃から亜陽君のお嫁さんとして育てられたんだし。きっと経営に向いてないと思う」

八神君みたいに難しい経営学を独学で理解する頭脳もないし、決断力も欠けるし、人を引っ張る力もない。

それなら、自分の取り柄は一体何なのか。

八神君に惹かれるようになってからずっと考えているけど、未だ答えが見出せず路頭に迷っているのが現状だ。