「亜陽君、ちょっと来てっ!」
登校してから早々。
私は自分の教室には行かず、真っ先に彼の教室に入ると、突き刺さる周囲の視線に構うことなく、席に座る亜陽君の腕を引っ張った。
「おはよう美月。どうしたの?朝からそんなに慌てて」
一方、亜陽君は青空に負けないくらいの清々しい笑顔を見せてきて、まるで昨日のことなんて何もなかったような振る舞いに、一瞬たじろぐ。
けど、一刻も早く確かめたいことがあるので、あまり気にすることはせず、半ば強引に彼を人気ない通路へと連れ出した。
「八神君を停学処分にさせたのって、もしかして亜陽君の仕業なの!?」
周囲に人がいないことを確認すると、私は早々に本題に入り、血相を変えて彼に詰め寄る。
「なんだ。てっきり昨日のことを謝ってくれるかと思っていたのに、またあの男の話か。本当に君はどうしようもないな」
そんな私の問い掛けに対し、亜陽君は心底残念がるように肩を落とすと、否定することなく、乾いた笑みを浮かべた。
「彼に近付くように裏で白浜さんに指示したの?私から八神君を離すために」
「大切な婚約者を奪おうとするからね。とういうか、これまで無視され続けていたしかるべき処置を、生徒会長として施しただけだけど、それがそんなにいけなかった?」
そして、あっさり行為を認めると、平然とした様子で真っ当な意見を返されてしまい、私は言葉に詰まってしまう。
彼の言う通り、以前の私も八神君にはそれ相応の処分が必要だと思っていた時があった。
だから、彼のやったことは決して間違いではなく、寧ろ表面だけ見れば正当な行為なのかもしれない。
けど……。
「酷いよ亜陽君。確かに八神君の行いは許されるものではないけど、いくらなんでもこんな事……」
彼が邪魔だとしても、人を遣ってまで八神君を排除しようとするなんて。
しかも、事実発生からこんなにも早く処分が下るとは、もしかしたらずっと前から計画を練っていたのだろうか。
もしそうだとしたら、私は大分彼を甘く見ていたと今更ながらに後悔が押し寄せてきて、体が震えてくる。
「酷いのは美月の方だよね?俺を裏切ったんだから。でも、あの男がいなくなればそれでいいよ。君はまたいつも通り俺の側に居てくれれば、それで良いから」
そんな自責の念に駆られていると、亜陽君は私の頭を優しく撫でてきて、やんわりとした表情で耳元で甘い言葉を囁いてくる。
それが、まるで一生解かれることのない呪縛のようで。
歪んだ愛情に思わず背筋がぞくりと震え、徐々に血の気が引いていくのを感じながら、私は彼を見上げる。