帰路に着く間も悶々とした気持ちは薄れることなく、寧ろ家に近付くにつれ、更に足取りが重くなっていく。

亜陽君に対してもそうだけど、何よりも家族の理解を得ることが一番の難関であり、これからその話をしなければと思うと、恐怖で体が徐々に震えてくる。

しかし、これも避けては通れない道だと。
心の中で何度も鼓舞しながら、ついに到着してしまった自宅前。

この時間帯であれば、おそらく父親も帰宅していると思うから、覚悟を決めなければと。
私は気持ちを落ち着かせるために、家の扉の前でもう一度深呼吸をする。

そして、意を決して扉を開けると、中はやけに静まり返っていて、何だか嫌な予感がしてきた。


とりあえず、いつものように「ただいま」の挨拶をして靴を脱ぎ、恐る恐るリビングに足を踏み入れた瞬間。

入り口で出迎えていた母親に突然平手打ちをされてしまい、私は目を大きく見開きその場で唖然としてしまった。

「美月、あなたは何を考えているの?亜陽君と別れたいって本気で言ってるの?」

行動とは裏腹に、淡々とした様子で私に問いただしてくる母親の表情はあの時の彼同様。
蔑むような目で私を見下ろし、有無を言わせない圧力をかけてくる。

まさか、もう両親にまで話が伝わっているなんて。

相変わらず抜かりない彼の行動には驚かされるけど、ここまで手が早いと恐怖を感じてくる。

こちらから話を切り出す手間は省けたのはいいかもしれないけど、心の準備がまだ出来ていない中、急に責められるのは勘弁して欲しい。


そう心の中で不満を漏らすも、知られた以上は仕方ないと。

私は腹を括り、小刻みに震える体を無理矢理抑え、毅然とした姿勢で母親を見返す。

「本気だよ。好きな人が出来たの。だから、彼とはこれ以上付き合えないし、これからはその人と……」

「ふざけたことを言うのも大概にしろ」


そして、自分を奮い立たせながら反抗を示した矢先。

リビングのソファーで腰を掛けていた父親の一言によってそれは遮られてしまい、思わず肩がびくりと小さく跳ねた。

普段から厳格な父親だけど、その声はこれまでに聞いたことがない程冷たく、まるで鋭い刃物のように私を突き刺してきて、せっかく固めていた覚悟が徐々に緩み始めてくる。

「何の為にここまで教育してきたと思っているんだ?そんな身勝手が許されるわけないだろ。お前の行動一つが両家の信用問題に繋がるんだぞ」 

それから畳み掛けるように、容赦無く現実を突きつけてくる父親の表情は、一つも変わることなく。

感情を露わにしない様子が更なる恐怖を生み出すけど、ここは屈してはいけないと何度も自分に言い聞かせた。